音楽は奏でられたがっており、楽器は奏でたがっている

 

前回のつづき

 

ギターを弾こうとしたとき、多くの人は「よーし、今からこの弦を弾いてやるぞ!」と意気込んでバーンとやってしまうけれど、彼は、ピックが弦に触れた状態で、ずーっと30秒でも10分でも待つのだそうです。

弦を「はじく」のではなく、意気込みが完全になくなって、自然にピックが弦を「すり抜ける」まで。

 

私のこの文章で上手く伝えられているか自信がないですが、要は「楽器を制圧してやろうと意気込むのではなく、自分と楽器とが50/50の関係になって協調して音楽を奏でれば良い」といった旨だったと思います。

 

それを見て、この若さですごい境地まで達しているなー、と感心すると同時に、スッと腑に落ちたというか妙に納得させられたのを覚えています。

YouTubeで見つかると思うので、よかったら探してみてください。)

 

なかなか言うことを聞かない道具をどうにかコントロールするという意識は、ともすれば自ら楽器との距離を遠ざけてしまうことになるのかもしれません。

 

また、これはどこのどなたの言葉か失念しましたが、「世の中のありとあらゆる音楽は常に奏でられたがっており、楽器は常に奏でたがっている」といった話を聞いたときも、素敵だなぁ、そうかもしれないな、と思いました。

 

音楽や楽器をあまり難しいものだと考えずに、好きで始めるのでしょうから、より関心を持っていくと向こうからも近づいて来てくれるかもしれません。

 

そう考えると、人と人との関係にも近いようなところがありますね。

 

つづく

音楽と仲良くなる

 

前回からのつづき

 

前回、0100だという数字を「上手さ=テクニック」だと考えないようにと書きましたが、では、何と考えると良いでしょうか。

 

それは、どれだけ音楽と仲良くなれたかという度合いだと思ってください。

もちろん、そんなものは数値化できませんので、数字はメタファーであってここでは意味を持ちません。

 

01にして、12にして、23にして……。つまり、徐々に音楽を理解して距離を縮めて仲良くなっていく。そうしていくことに楽しみがあるのではないか、というお話です。

 

「音楽と仲良くなること」と「音楽を楽しむための力」。

ずいぶん遠回りをしましたが、なんだか、だいぶ近い話になってきました。

(このコラム、書き溜めせずに毎回場当たりで書いているので、話をうまく繋げるのが大変です。がんばります。)

 

そうです。「音楽と仲良くなること」が「音楽を楽しむための力」をつけることになるのです。

 

今、パッと思い出したことがあります。

これは音楽という広義なものではなく、楽器のコントロールにフォーカスしたお話ですが、Julian Lageというギタリストがワークショップで言っていたことが興味深かったので、ちょっとご紹介します。

Julianは、素晴らしいイメージとフィーリング、ニュアンスとダイナミクスで演奏する、新世代のプレイヤーですが、その彼がギターの弦を弾くことについてこんな話をしていました。

 

つづく

 

写真はまた、まったく関係なくてすみません。

どこのどなたの作かわかりませんが、笑いを通り越して感心しましたので。

(AliExpressという通販サイトから拝借しました)

「未来」は「今」の積み重ね

 

前回からのつづき

 

はっきり言って、この考え方をシフトしていかないと、所謂「挫折」する可能性は非常に高いと思います。

 

物事には往々にして段階があります。0100かではないのです。初心者のうちは自分が0で、出来ている人がみんな100に見えるかもしれませんが、そんなことはありません。

もちろん、辛抱強くがんばっていると、ある日突然、0から100になるわけでもありません。

(そして、この0100だという数字を「上手さ=テクニック」だと考えていると、また周囲の人の目が気になってきたりとロクなことがありません。)

 

繰り返しになりますが、音楽は、初心者のうちからどの段階でも楽しめるものなのです。

勘違いしないでくださいね!上手な人だけが楽しむものではないのですよ!ですよますよ!いくよくるよ!

 

はい。で、話をもとに戻しますと、「達成感」を求めずに11歩の歩みを楽しみましょうということですね。

 

どうですか?

「そんなまどろっこしいことやってられるか!」とか思っちゃいましたか?

そんなあなたは、羽生結弦選手の4回転ジャンプを見て、真似して「エイッ」てやって骨折です。

いや、しませんよね、真似。

スケート靴履いてリンクに立つところからですよね。

それで、ちょっとスーーッと前に進めたら、それだけでも楽しいじゃないですか。

どうですか?

 

「未来」は「今」の積み重ねです。今を楽しめないのなら、この先だって楽しくはならないと、私は思います。

 

つづく

今を楽しむ

 

前回からのつづき

 

さらに、音楽を始めるにあたって、最初からそれをひっくり返して達成感を求めようとすると「音楽を楽しむための力」を養うのが難しくなってしまうと、私は考えています。

 

決まった日程にライブで曲を披露して達成感を得ることが第一の目標であるとすれば、ほとんどの人は最短ルートで目標に向かいたがります。すると、その最短ルートを辿っている最中は(道程を)、楽しむことが度外視されてしまいます。

 

「音楽を楽しむための力をつける」ことをコンセプトとするfestina-lente music school

festina-lenteとはラテン語で「ゆっくり急げ」の意で、転じて「急がば回れ」です。

一見、回り道と思えるような道程にも、たくさん楽しみが転がっています。

 

また、音楽は、ある一定のレベルに達したら、そこで初めて楽しくなるものではなく、その段階ごとの楽しさがあるものです。

ぜひそこに目を向けていただきたいと思っています。足元の蟻や石ころや小さな花に関心を持つように。

 

あなたから見て「あんなふうに上手に演奏できたら楽しいだろうな」と思うような人も、長く長く続く道の途中であって、きっと、その人は、もっとずっと技術が拙かった頃から、今も、そしてこの先も、その道のりを楽しんでいることと思います。(立場に付随する責任等は別にして)

 

今を楽しみましょう。

 

音楽を始めようとしている、もしくは始めたばかりの方は、得てして「出来る人=楽しめる人」と「出来ない人=楽しめない人」といった二極分化に自分を当てはめ、「出来ている人は楽しそうだな」「あぁ、私は出来ないから楽しくもないんだ」「いつになったら出来るようになり、楽しくなるのだろうか」などと考えがちです。

 

つづく

「達成感」は求めない

前回からのつづき

 

私は「達成感」を音楽に求めるのは、やや違うのではないか、と感じています。

音楽とは達成するものではなく、永遠と続く道程を楽しむようなものだと思っています。

 

よく、発表会やライブなどの目標やイベントがあると、それをモチベーションにがんばれる、という声を聞きます。確かにそれはがんばる気持ちの着火剤にはなるかもしれませんが、それがないと楽しめない、がんばれないというのは、なんだか本質が抜け落ちているように思います。

 

良い例えかどうかわかりませんが、恋人同士が長く付き合って行くのに、記念日や旅行、非日常的なイベントや刺激はあると良いのかもしれません。かもしれませんが、それがなかったら付き合いをやめてしまうんでしょうか。もっと言えば、記念日を一緒に過ごし、一緒に旅行に行くために付き合っているのでしょうか。違いますよね。

 

節目はあります。

発表会が終わった。ライブが終わった。曲が仕上がった。レコーディングが終わった。

その都度達成感はあると思います。それは当たり前です。それが間違っていると言っているのではありません。

でも、達成感を感じたいからそれらをやるのではなく、やりたいからやる、楽しみたいからやる、のがストレートだと思います。その結果として、節目の達成感がついてくる、と。

 

つづく

音楽の楽しみとは

 

前回からのつづき

 

音楽(歌や楽器を奏でていくこと)の楽しみとは、どんなものなのでしょうか。

ちょっとイメージしてみてください。

 

本質的には、音楽の楽しみとは、簡単に言葉で言い表せないものだと思っています。

だからこそ素晴らしいのだと。

でも、それでは話が終わってしまうので、少し具体的に考えてみましょう。

 

達成感、ストレス発散、共有する喜び……

 

どうですか?他にもいろいろありますよね。

楽しみを何もイメージできなかったら、それでも音楽をやる理由は、それこそ「モテたい」みたいなモチベーションじゃないかと思いますが、これはいったん置いておきましょう。(このことは、実はとっても大事だと思っていますが。)

 

で、楽しみですが。

 

上記の内、「共有する喜び」と言うのは確かにあると思います。バンドやセッションで、自分以外の人間と1つの音楽を共有するというのは、なかなか代用のない、素晴らしい感覚を味わえるはずです。

 

「ストレス発散」はどうでしょう。はい。こういう側面もあって良いと、私は思います。

ただ、これは「上手くやる」ことに意識がフォーカスしてしまっては、なかなか難しいのではないでしょうか。

声を出したり、楽器を使って発音すること自体に、シンプルな喜びは確実にあります。

技術が上がり知識が増えることで、この初期衝動的な喜びは薄れていきがちですが、忘れないで、また、思い出していきたいところです。

 

では「達成感」はどうでしょうか。

 

 

つづく

マインドセット

前回からのつづき

 

実際のところ、歌や楽器を始めるのであれば、それを誰かに聴いてもらうことを想定し目標にするのは自然なことですし、素敵なことだと思います。

 

ただ、とくに初心者のうちは「周囲からの視線や評価」と「他人との比較」が、楽しむことへの原動力になることよりも、ネガティブな気持ちの要因になることの方が多いのではないでしょうか。

ですからいったんは、「他人からの視線や評価」と「他人との比較」を極力気にしないようにマインドセットしてみると良いと思っています。

 

マインドセットといっても簡単ではないですが、これはもう自己暗示のようなものなので

「自分が思うほどは、周囲はその当人の歌や演奏について関心がない場合がほとんどだ」

というような割り切った考え方を、常に自分に言い聞かせていきましょう。

(これを今度は、いざ関心を持ってもらおうとすると、それはそれでなかなか難しかったりします。)

 

多分に各人の性格によるところがありますので、どうしても気になってしまう、という方もいらっしゃるとは思いますが、と言うか、そういう方がほとんどだと思いますが、頭では「他人を気にする必要はない」と思うようにしてください。

 

そして、周囲でなく、意識は対音楽へ向けていきましょう。

 

では、音楽(歌や楽器を奏でていくこと)の楽しみとは、どんなものなのでしょうか。

 

つづく

「周囲からの視線や評価」と「他人との比較」

 

前回からのつづき

 

「上手さ」と言ってもいろいろですが、ここで言う「上手さ」とは、言い換えると「テクニック」ということだと思ってください。

ざっくり言えば、素早く、繊細かつ大胆な身体のコントロールをもってして、ミスのない演奏をするということです。

 

それを極めんとする高いレベルのパフォーマンスは、確かに聴く人の感動を呼ぶものですが、このスクールは、音楽を趣味として楽しむ大人のためのものですので、聴く人を感動させられるかどうかより、まず本人が楽しめているかどうかということを重んじていきます。

 

そこで、まず最初に、マインドセットしていただきたいことがあります。

それは「周囲からの視線や評価」そして「他人との比較」についてです。

 

自分の歌唱や演奏を聴いた第三者が、「カッコイイね!素敵だね!」と言ってくれたら、それはもちろん嬉しいですが、逆の感想を抱く可能性を考えると、歌声や演奏を聴かれることに強い抵抗感が生まれます。

上手くなるまでは人に聴かせたくない、という気持ちですね。

これ、私もありましたし、ときに今でもそういう気持ちと葛藤しています。

でも、中には、そんなことを気にもせずに自分の歌声や演奏を、ある意味「さらけ出せる」ような方もいらっしゃいますね。

そんなマインドの方を見ると羨ましく思います。

失敗したり恥をかくことを怖がらないというのは、すごく大事な姿勢だと思います。

 

また、自分はまだまだ下手くそだ、という思いは、およそ本人による他人との比較からくるものです。

そういった気負いがないということは、外野を無視して、素直に音楽に向き合うことにも繋がっていきます。

 

音楽に限らず、とかく人の目を気にしたり他人と比較しがちなのは、この国の文化なのか時代性なのかわかりませんが、この、周囲に向きがちな意識を、純粋に音楽に対してのみ向けていくことができれば、それこそが「音楽を楽しむための力」のもっとも核になるものだとも言えます。

 

つづく

 

写真は本文と関係なくて申し訳ないですが、現代最高のジャズトランペッター、ロイ・ハーグローブを偲んで。

「上手くなること」は命題なのか


はじめまして、festina-lente music school代表の高野はるきです。
スクールではサックス、フルートなどのレッスンを担当します。
どうぞ、よろしくお願いします。

 

さて、このスクールの主なコンセプトとして、上手くなることよりも「音楽を楽しむための力」を身につける、というものがあります。

 

音楽を聴くだけでなく、自分で奏でて行こうとしたときに、多くの方は「上手くなる」ことを目指すのではないでしょうか。

私もそうでしたし、それ自体は何も悪いことではありません。
でも、ときに上手に演奏する人を見て、「あれだけ上手に演奏できたら楽しいだろうな」なんて思ったことはありませんか?その思いは、ひいては、「なかなか上手くならないからもう止めてしまおうかな」とか、ともすれば「上手に演奏できないなら、やる意味がない」なんて考えに至るケースも少なくないと思います。

 

上手な演奏をしている人でも、その人がプロであるならば、必ずしも楽しいだけではなく、いろいろな重圧があるはずです。
反対に、世の中には、アマチュアで、さほど演奏力に長けてなくても、音楽を楽しんでいる方はたくさんいらっしゃいます。

 

そういう意味では、私は、音楽を始めようとしたときに「上手くなる」ということが、なんの疑いもなく、さも命題のように捉えられていることに、なにやらジレンマを感じるのです。

つづく

ブログ始めました

株式会社Hi-Fieldsが運営する、大人のためのポピュラーミュージックスクール「festina-lente music school」。
ホームページの開設とともにブログもスタートしました。
これから、いろいろなテーマで記事をアップしていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 

http://www.kikaido.net/tokyo

 

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