TRIAL LESSON レッスンを体験しませんか
TRIAL LESSON レッスンを体験しませんか

リズムは楽譜からじゃなく、身体から

 

リズムって、どうしてこんなに難しく感じるんだろう……と悩んでいらっしゃる方、少なくありません。

でも、その理由は多くの人が「楽譜からリズムに入ってしまう」からだと思っています。

 

楽譜は止まっています。

紙の上の記号は動かないし、時間も流れていません。

でも音楽やリズムは、本来 「時間の流れの中にしか存在しないもの」です。

止まったものから流れているものを理解しようとすると、どうしても難しく感じてしまいます。

これはもう、構造的にしょうがないです。

 

もちろん、視覚から入った方が整理しやすいタイプの方もいます。

そういう方にとっては、楽譜の図形的な情報が役に立つこともあります。

ただ、そういった場合でも、実際の演奏は「流れている音楽の時間の中で身体が運動していく」ことになりますので、楽譜だけでリズムを理解しようとすると難しく感じるのは、多くの人にとって共通だと思います。

 

リズムの一番の土台は 拍(ビート) です。

連続する拍に一定の周期を感じたとき、それが拍子になり、そのスピードがテンポになり、その上にさまざまなリズムが乗っています。

だから大切なのは、拍の周期を常に感じて「音楽の時間を流し続ける」ことです。

 

拍(ビート)を感じるというのは、ただメトロノームの音を聞くことではありません。

手拍子をする、足で軽くステップを踏む、身体をゆらす…。

こういった身体の動きと結びついた拍こそが、本当の意味でのビート感です。

ここがとても大事。

とにかく、体を動かさずにリズムをとらえようとする方が本当に多いんです。

身体が動いていない状態では、拍の周期が自分の中で流れにくく、リズムの位置関係もつかみにくくなります。

周期的な自分の体の動きに対して、さまざまなリズムがどのタイミングで乗ってくるのかを確認することは、とても有効な方法だと思います。

身体が拍を刻み始めると、音楽の時間が流れ始めます。

この「流れている時間」なくしてリズムをこらえることは困難です。

 

つぎに、拍が流れている状態で、その上にいろんなリズムを乗せていきます。

この段階では、まだ楽譜は使わない方がいい。これ重要です。

楽譜は「記録」であって「音楽そのもの」ではないので、ここで楽譜を持ち込むと、また時間が止まってしまいます。

まずは、自分なりの言葉、自分なりの図自分なりのイメージ…なんでもいいです。

自分なりにリズムのバリエーションを整理していきます。

とにかく、流れている時間の上でリズムを感じることが最優先です。

 

ある程度いろんなリズムを身体で知ったら、そこでようやく楽譜という「表記方法」と擦り合わせます。

この順番だと、楽譜が急に優しく感じられるはずです。

すでにいろいろなリズムを認識しているわけですから。

「この感じのリズムを記号で書くとこうなるのか」という理解が自然に生まれます。

楽譜を音楽の入り口にしない。

入口を間違えなければ、リズムはちゃんと理解できます。

 

拍の周期が流れていて、その上にリズムが乗って、それが誰かと揃った瞬間——音楽は急に膨れ上がります。

初級者でも上級者でも関係なく、音が気持ちよく混ざる瞬間があるのです。

その気持ちよさを知ると、リズムの練習がただの「課題」ではなく、「楽しさにつながる道」になります。

 

まとめ

• リズムは楽譜から入ると難しく感じやすい(ただし視覚派の方には楽譜が助けになる場合もある)

• 多くの人にとって、楽譜は「止まっている情報」なので難しく感じる

• リズムは時間の流れの中にある

• 拍(ビート)を感じることで、音楽の時間が流れ始める

• 拍の周期が拍子になり、そのスピードがテンポになる

• 身体の周期的な動きとリズムの位置関係を確認することが有効

• 流れている時間の上でリズムを自分なりに整理し、その後に楽譜と擦り合わせると理解がスムーズ

 

どうですか?ちょっとやってみよう、という気になりませんか?

そうです。リズムは本来、頭を悩ませるようなものではなく、身体で感じて楽しむものです。

日頃、リズムに悩まされているとしたら、一度マインドセットしなおして、ぜひ楽しんでください!

 

ブログで以前書いたリズムに関する記事はコチラから

Kyon2のイケてる音楽

 

マドンナの7年ぶりの新作「CONFESSIONS II」が全米1位出そうで。

相変わらずパワフルですごいですね。

まあ今回はマドンナについて、ではないのですが。汗

以前、マドンナについての記事も書きましたのでよろしければ読んでみてください。

 

個人的にはマドンナの興味深い点として、「エンタメ」と「アート」もしくは「メインストリーム」と「アンダーグラウンド」のバランスがあると感じます。

で、そういう歌手って日本にもいるかなー、と考えてパッと思いついたのが小泉今日子さん。

キョンキョンの愛称で親しまれる、80年代を代表するアイドルにして個性の光る女優でもあります。

 

1982年にデビューしたキョンキョンは松田聖子さんや中森明菜さんとはまた違った魅力を放ち、絶大な人気を誇りました。

ヒット曲は「艶姿ナミダ娘」「渚のはいから人魚」「ヤマトナデシコ七変化」「スターダストメモリー」「なんてったってアイドル」…と枚挙にいとまがありません。

 

私はキョンキョンより下の世代ということもあるかもしれませんが、一世を風靡した80年代のみならず、90年代に入ってからの彼女の音楽にも親しみがあります。

彼女は、同世代のアイドルや歌手が徐々に過去の人になっていく中、意欲的な作品をリリースし続けました。

そして私中の印象も、尖った音楽、イケてる音楽で歌っている人となっていきました。

 

そういった面白い流れの一番最初はおそらく、1987年のシングル「水のルージュ (Dnacing Mix)」じゃないかと思います。

同年リリースのシングル「水のルージュ」をダンスミュージックに仕立て直したもので、これをB面収録ではなく、シングルA面としてリリースしているあたりがとても興味深い。

 

同じくその流れの最初期の作品として、近田春夫さんがプロデュースしたアルバム「KOIZUMI IN THE HOUSE」があります。

アンダーグラウンドなクラブミュージックであったハウスを大胆に導入した作品で、それまでのキョンキョンのアルバムとは一線を画す雰囲気を纏っています。

リードシングルの「Fade Out」は7分を超える長尺(ハウスの曲としては珍しくない)で、歌謡曲然としたキャッチーなサビがないという異色さでしたが、キョンキョン人気もありヒットします。

「Fade Out」にはいろいろなリミックスがあるので聴き比べてみるのも一興です。

しかし、これがマドンナの「Vogue」の前年(1989年)のリリースというのはなかなかですよね。

さすが近田さん。

 

そして1990年には「KOIZUMIX PRODUCTION」というプロジェクトがスタート。

藤原ヒロシさん、小西康陽さんをはじめとするプロデューサー陣が、キョンキョンの歌声をクラブミュージックで料理するという趣旨の作品をリリースします。

このアプローチが個人的にはツボで、比較的最近では森高千里さんとtofubeatsの「Don’t Stop The Music」がその手触りでした。

キョンキョン、森高千里、そしてマドンナに共通するのは、歌唱や歌声の淡白さです。

淡白と言うとネガティブに聞こえるかもしれませんがそうではなくて、そのいろんな色に染まれる歌い方、歌声がクラブ系のサウンドとも相性がいいということが考えられます。

 

そして今年リリースの最新作「バディ」は、いとうせいこうさんらと制作した素敵なレゲエナンバー。

こちらはあえてDub Remixをご紹介。

Dub Master Xこと宮崎さんのドリーミーなダブ処理が素晴らしいです。

 

 

当時はアンダーグラウンドなクラブミュージックの要素をメインストリームの楽曲に拝借してくるというのが新鮮で、その折衷具合にも試行錯誤が見えて面白かったのですが、昨今は音楽の内容的に双方の境界も曖昧になり、自然に溶け込んでいますね。

 

とにかくキョンキョンはそれ以降もアイドルシンガーとしてはとても音楽性の高い作品をリリースしています。

80年代のアイドルイメージしかお持ちでない方はぜひ一度聴いてみてください。

 

 

努力しているのに上達しない理由は“方向”かもしれない

 

「がんばって練習しているのに、なかなか上達しない…」

もどかしいですよね…。

 

でもこれは才能の問題ではありません。

もしかすると努力不足ということでもないかもしれません。

その場合、「練習の方向」が少しズレているだけということが考えられます。

 

今日は、「練習しているのに伸びない人の共通点」をまとめてみます。

 

 ① 動きだけを練習している

楽譜どおりに身体を動かす練習はもちろん大事です。

でも、それだけだとなかなか音楽になりません。

こういう「動きの練習」だけに偏ると、音の意味が分からないまま進んでしまうことも少なくないからです。

例えば、すぐつっかえてしまい、なかなか思ったように演奏できないとき、ありますよね。

そういうときは1つ1つの音を順に追うのではなく、いくつかの音のまとまりがどんな意味を持っているのかを考えてみましょう。

「どんな意味」と聞くと難しく感じてしまうかもしれませんが、自分なりの捉え方でイイんです。

それがあると。無秩序に思えていた音の羅列が一気に整理され、つっかえにくくなります。

つまり、やみくもに動きの反復をするのではなく、考えることが大事なんですね。

また、やみくもな動きの反服は、その中で何度も何度も間違った動きを繰り返すことで、脳が間違った動きをインストールしてしまう恐れもあります。

 

 ② 音を聴いていない

また、動きに意識が向くあまりに、あまり音を聴いていないという方も少なくないのではないでしょうか。

わずかな音の高さの変化や、タイミングの違い、長さの違い、強弱やフレーズの流れ、他の楽器との関係…こだわっていけば聴くべきポイントはたくさんあります。

このこだわりの強さが上達に直結すると言ってもいい。

まずは自分の出している音をよく聴きましょう。

そしてお手本の演奏があるのなら、それを細かいところまで聴き込みましょう。

 

③ 速さを求めすぎている

「速く弾ける=上手い」というイメージが強い人ほど、伸び悩みやすいです。

そもそも人の身体は、いきなり速い演奏ができるようにはできていないと思った方がいいです。

最初から速さを求めると雑にならざるをえない。

それこそ何度も何度も何度も何度もつっかえることでしょう。

脳からの指令や、運動のスピードがテンポについていけてないんだから当然です。

音の流れが理解できたうえで、ゆっくり練習し、スムーズな動きを身体に覚えさせていくことが大事です。

そうやって一旦、頭も身体も整理された状態が作れれば、ある程度は自然に速くなっていきます。

 

④ “できた/できない”だけで判断している

これは大人の方に多いかもしれません。

• 弾けたらOK

• 弾けなかったらNG

この2択はしんどいです。

とくに「弾けたらOK」のラインがめちゃめちゃ高いと、そりゃしんどいですよね。

逆に「弾けたらOK」のラインがめちゃめちゃ低いと…そりゃレベルアップしないですよね。

で本当は、そんな極端なジャッジじゃなくて、「どう変わったか」を感じることが大切です。

自分の演奏の少しの変化に気づいて楽しめる方は、ぐいぐい上達する傾向にあるようです。

すぐに結果ばかりを求めずにプロセスを楽しむこと、それが結果にも結びついていくということですね。

 

⑤ 音源と楽譜、どちらを頼りにするかで上達の方向が変わる

練習するときに、「音源を聴くべきか、楽譜を見るべきか」という判断があります。

もちろん、どちらを重視するかは人それぞれですし、両方あるなら両方活用すればいいのです。

でも、個人的には 楽譜だけに偏らず、音源をよく聴くことを強くおすすめします。

理由はシンプルで、音楽は目より耳で理解するものだから。

楽譜はあくまで地図であって、音楽そのものではありません。

このあたり②や④と言うことが被ってしまいますが…。

音源を聴くことで、フレーズの流れ、音色、強弱のニュアンス、リズムの重心、曲が持つ空気感…

こういった、楽譜では絶対に読み取れない情報が入ってきます。

そういった要素を真似て自分の演奏に反映させられるようになってくると、「おっ、ちょっと上手くなったかも…」と感じられると思います。

楽譜だけで練習すると、楽譜どおりに間違えず演奏できたところがゴールになってしまいがちです。

でも、音源を聴きながら練習すると、「音楽としてどう響かせたいか」という方向に自然と意識が向きます。

これは、上達のスピードにも、演奏の質にも大きく影響します。

 

おすすめは…

動きの練習だけでなく、耳とリズムの練習を少し足すこと。

ほんの少しでいいんです。

• 1音だけ真似する

• メロディの「上がった/下がった」を感じる

• 足で拍を取りながら手でリズムを叩く

• 曲に合わせて身体を揺らす

こういう「音楽の土台」を育てる練習をすっ飛ばして無視し続けると、いくら練習してもがんばりが空回りしかねません。

 

ちなみに、何かの楽器の熟練者が他の楽器を新たに習得しようとしたとき、その上達スピードは楽器未経験者と比べてどうだと思われますか?

おそらく何かの楽器の熟練者は、他の全くタイプの違う楽器を始めた場合、未経験者と比べて早い上達が見込めます。

これが何を意味するかというと、熟練者は他の全くタイプの違う楽器を始めたとき、その楽器特有の動き以外を練習する必要がないということです。

もっと言えば、この「動き以外の音楽的素養や、練習の楽しみ方、音楽の楽しみ方」を持っている人は、どんな楽器を始めてもあまり時間をかけずにある程度は演奏できるようになる可能性があります。

そしてこの「動き以外の音楽的素養や、練習の楽しみ方、音楽の楽しみ方」は大人の方が今からでも十分に得ることができるものです。

 

「練習しているのに伸びない」というのは才能の問題ではありません。

ただ、練習の方向が少しだけ偏っているだけ。

耳とリズムを育てる練習を少し足すことで、きっと楽器の練習そのものがもっと楽しくなり、それは間違いなく上達に繋がるはずです。

 

生まれつき?いやいや、今からでも伸ばせます

■ 音感やリズム感は「才能」ではありません

音感やリズム感というと、

「生まれつきの才能でしょ」

「子どもの頃からやってないと無理なんじゃない?」

そんなふうに思われがちです。

でも実際は、

音感もリズム感も“後から育てられる力”です。

大人になってからでも、

正しいやり方で練習すれば、ちゃんと身につきます。

■ 音楽を始めると、どうしても“動く練習”ばかりになりがちです

楽器を始めると、

どうしても「楽譜どおりに動く練習」ばかりになりがちです。

・指を動かす

・音を並べる

・間違えずに弾く

もちろんこれも大事ですが、

音感やリズム感を育てるトレーニングが抜け落ちてしまうことが多いです。

その結果、

・上達がゆっくりになる

・しっくりこない

・飽きてしまう

という壁にぶつかりやすくなります。

■ バランスよく練習することが、上達の近道です

楽器の練習と同じくらい、

音感やリズム感を育てる時間も大切です。

・音を聴いて真似する

・リズムを身体で感じる

・拍の流れをつかむ

・メロディの動きを耳で追う

こういった練習を少しずつ取り入れるだけで、

演奏の伸び方が驚くほど変わります。

■ サックスを上手に吹きたい人が、サックスだけ吹いても遠回りになる理由

例えば、

「サックスを上手に吹けるようになりたい」と思った初心者の方がいたとします。

その人が、

サックスだけを吹き続けて上達しようとすると、

どうしても道のりが険しくなります。

なぜなら、

音感やリズム感が育っていない状態では、

どんな楽器も“音楽として”扱うのが難しいからです。

逆に言えば、

音感やリズム感がしっかりしている人は、

サックスでも、歌でも、ピアノでも、

何か新しいことを始めたときにとてもスムーズです。

■ 音感とリズム感は、音楽の“土台”です

音感やリズム感が育つと、

演奏がこんなふうに変わります。

・フレーズの歌い方が自然になる

・テンポの流れに乗れる

・強弱のつけ方に理由が生まれる

・伴奏との掛け合いが楽しくなる

・「音ゲー」から卒業できる

つまり、

音楽が“自分の中で生き始める”瞬間が来るんです。

■ 大人でも、今からでも、ちゃんと身につきます

音感やリズム感は、

才能ではなく“育てる力”です。

そして、

大人になってからでも、

正しいやり方で練習すれば必ず伸びます。

楽器の練習と、

音感・リズム感のトレーニングをバランスよく続けること。

これが、スムーズに上達していく一番のコツです。

余り物の具材で美味しい料理を作れるようになろう

 

今回は、あらためて 「楽譜どおりに演奏するだけでは、音楽の楽しさは半分しか味わえない(かもしれない)」 という話を書きたいと思います。

 

まず最初に誤解なきよう、初心者の方は、まず楽譜どおりに演奏することを目指して大丈夫です。

むしろ、その達成感をしっかり味わってほしいと思います。

正しい指使い、正しいリズム、正しい音程…

これらを一つずつクリアしていき1曲を演奏しきることは、音楽を始めたばかりの方にとって大きな喜びであり、自信につながります。

料理で言えば、レシピどおりに作って「美味い!ちゃんとできた!」となるあの感じです。

この段階はとても大切で、飛ばす必要はありません。

 

でも、ある程度弾けるようになってきたら、楽譜どおりに間違えずに弾くことだけを目標にしてしまうのは、実にもったいないことです。

なぜならそれはだんだん、音楽ではなく「音ゲー」になっていってしまうからです。

音楽に合わせてタイミングよく指定されたボタンを叩くアレです。

音ゲーは楽しいですが、そこに「表現」はありません。

「あなたの演奏、音ゲーになっていませんか?」

この問いかけは、経験者の方ほどドキッとするかもしれません。

音ゲーじゃないとすれば、スポーツ的と言ってもいいかもしれませんね。

 

楽譜どおりに演奏する練習は大切ですが、それだけでは音楽がどんな材料でできているのか、どんな調理方法なのかが見えてきません。

レシピどおりに作るということを繰り返しているだけでは

「この味は何でできているんだろう」

「どんな調味料がどんな配分で使われているんだろう」

といった「味の理由」まではなかなか分かりません。

美味しい料理を食べたとき、その味の正体を想像できるようになると、自分の料理にも活かせるようになりますよね。

余り物の具材で美味しい料理を作ったり、レシピを自分なりに改良したり、完全にオリジナルな料理だって作れます。

食べた料理を再現するのも容易になります。(これはレシピを見なくても食べた料理を再現できる、ということです。)

 

音楽もまったく同じです。

音楽の材料や調理方法とは、例えばこんなものです。

・音名や階名、音の並び方

・コードの種類や成り立ち

・キーとはなにか

・リズムの組み立て方

・メロディの動き方

・緊張と緩和のコントロール

・反復と変化

・その他の曲の雰囲気を作る要素

こういった材料や調理方法のことが分かってくると、演奏の自由度が一気に広がります。

「悲しい雰囲気のコードは“マイナーコード”と呼ぶんだ」

「マイナーコードって、こういう音の組み合わせなんだ」

こういう小さな知識だけでも、曲の聴こえ方や感じ方がガラッと変わります。

 

ここで誤解してほしくないのは、必ずしも「音楽理論をしっかり勉強しましょう」という堅い話ではないことです。

料理だって、みんながみんな料理学校に通って「お勉強」するわけではありません。

でも、さっきお話ししたようなことを意識しながら作っていくうちに「この甘さはみりんだな」「この香りはバターとにんにくを炒めたものだな」と分かることもあります。

まずは意識の問題だということを強くお伝えしたいです。

音楽も同じで、少しずつ材料の名前や役割、調理方法が分かってくると、演奏が生き生きとしてどんどん楽しくなります。

音楽を表現できるようになっていきます。

 

例えば管楽器だと

「ここはマイナーだから少し切なく吹こう」

「このコード進行は物語の着地に向かっているから、ダイナミックに吹こう」

「このフレーズのリズムだと、跳ねるように軽やかに吹こう」

といった 表現の理由づけができるようになります。

これは、楽譜どおりに弾くだけではなかなか身につかない力です。

とくにジャズやポップスの楽譜にはいわゆる発想記号が書かれていませんから…。

ただ、これはどういうことかというと、演奏者に委ねられているということです。

間違えずに吹ければOKということではないのです。

 

楽譜どおりに弾くことは大切です。

でも、いつまでもそれだけでは音ゲーやスポーツになってしまい、音楽の「味の理由」が見えてきません。

少しずつでいいので音楽の仕組みに触れていくと、演奏の世界が広がり、音ゲーでは味わえない「自分の音楽(表現)」が生まれてくると思います。

楽譜はレシピのようなものです。

そこからどうアレンジするかは、あなたの自由なのです。