TRIAL LESSON レッスンを体験しませんか
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「才能」ってなんでしょうね。

 

才能。

 

音楽おいて、頻繁に「才能のあるなし」ということが語られます。

この才能っていったい何なんでしょうね?

 

世の中には少数の飛び抜けた才覚をもった人がいます。

いわゆる天才というやつです。

私のような凡人からしたら妬ましいかぎりです。

 

でも彼ら彼女らは、いっさい練習もせずに天才と呼ばれるようになったわけではないでしょう。

いや、むしろ常人には想像もつかないほどの努力をしてきたことでしょう。

 

この「努力を惜しまず、ずっと続けられること」こそが才能ではないかと私は思っています。

 

 

一方、もっと身近なところで聞く「才能」という言葉が指すのは、それとは若干違うような気がします。

しばしば「飲み込みの早さ」や「器用さ」が才能という言葉に置き換えられているように思うのです。

 

確かに、同じタイミングでスタートし同じ時間だけ練習をしたとき、上達度合いは人それぞれで、上達・飲み込みが早い人はいます。

しかし、はっきり言ってこれは「才能」という言葉とは無関係だと私は思います。

 

ただ、最初の、ほんの歩き始めのときに少しだけ速い。

下り坂から歩き始めた、みたいな。

歩き始めが、人によっては平地から、人によってはやや登り坂からと違いがあるだけです。

その後は、誰しにも登り坂もあれば下り坂もあるのです。

 

だから人に比べて少し飲み込みが遅いからといって「私には才能がないんだ…」なんて思わないようにしてください。

ましてや他の人と競争しているわけじゃないと思いますので。

 

そんなことよりも、練習していて少しでも「楽しい」と思えることがあると良いと思います。

誰かに無理やりやらされているならいざ知らず、趣味として音楽をするのなら楽しさこそが続けるための一番のモチベーションでしょう。

そして続けてさえいれば確実に上達します。

続けた時間に反比例して下手になっていく、という人を私は見たことがありません。

目標を掲げるのも良いことだとは思いますが、現状に楽しさを見出せなければそこに到達するのは困難です。

 

「現状の中に小さな楽しさを見つけられること」もまた才能と言えるのではないでしょうか。

 

馴染みのない音楽にも関心を持ちたい

 

日本においてポピュラーミュージックと言うと、その多くはアメリカの音楽の影響下にあるような気がします。

次いで大きいのは、中南米やヨーロッパの音楽の影響でしょうか…。

 

でも世界を見渡すと、世の中にはホントにいろいろな音楽があります。

私などそのほとんどが未体験。井の中の蛙の中の井です。

 

そう言えば、スクールの生徒さんに中東の音楽に詳しい方がいらっしゃって、いつもいろいろ教えていただいています。

なんだか逆な気がしますが。

中東の音楽を楽譜に記したものを見せてもらうと、拍子や調合がヤバいことになっていて非常に面白い。

 

最近では、そういうエスニックな音楽や楽器の音色と、ギターやピアノなどいわゆるポピュラーな楽器や打ち込みサウンドを融合させた音楽を耳にすることも増えてきましたね。

 

世の中には果てしない数の音楽があるので、好きなタイプの曲に絞ったとしても到底その全部なんて聴ききれません。

そこへ来て普段聴き慣れない音色や旋律とあっては、なかなか手を出しにくい。私もぐいっと踏み込めずにいます。

 

でも、あっさり切り捨ててしまうのはもったいない。

少しずつでも世界観が広がっていくなら私はその方が良いような気がするので、せめて食わず嫌いはしないように、オープンなマインドで音楽を聴きたいと思ったしだいでございます。

 

歌や楽器の上達はRPGである。

 

世の中、歌や楽器が上手い人なんてゴマンといますね。

そういう人の歌や演奏を聴いて、「あんなに上手だったらさぞかし楽しいだろうな…」って思ったことがある方もいらっしゃるでしょう。

私もよくそんなふうに思っていました。

 

 

ところで、誰でもいいのですが、そういう上手い人のレベルが例えば100だとしたら、今のご自分のレベルはいくつくらいだと思いますか?

そして音楽というものは、レベルがいくつくらいになると楽しめるようになると思いますか?

 

ちょっと考えてみてください。

 

 

これはあくまで持論ですが、「歌唱力や演奏力」と「楽しさ」は必ずしも比例しているとは限りません。

そしてレベルが1だとしても、レベル1なりに楽しめるのが音楽です。

 

 

私はテレビゲームというものをもとんどやりませんが、「ドラゴンクエスト」のⅠ〜Ⅲは当時楽しく遊びました。

いわゆるRPGというやつですよね。

 

さて、この手の主人公を成長させていく類いのゲームって、最初はぜんぜん面白くないものなんでしょうか。

そんなことありませんよね?

もしそうだったら序盤でつまらなくなって止めてしまう人が続出し、ゲームの評判も上がりません。

レベル1でもレベル1なりに楽しめるのがRPGです。

 

レベル1の状態で、レベル100で戦うような強敵を相手にしても勝てるわけがありません。何度挑んでも勝ち目なし。

これをやっていても楽しいワケありません。

 

また、ゲームの最初からレベル100でスタートしとしたらどうでしょう。

どんな敵にも負けませんが、これでは面白くありません。

 

やっぱり、コツコツ主人公を成長させる過程でストーリーも進んでいくから面白いのだと思います。

そうです。

音楽も同じだと、私は思うのです。

 

レベルが1だろうが2だろうが、その段階その段階を楽しめる人が、けっきょく長く続けられるし、結果として上手い人になっていくのだと思います。

 

私的名曲選その12「I Can See Clearly Now」

 

さてひさしぶりの私的名曲選。

今回は

「I Can See Clearly Now」

です。

 

オリジナルはアメリカのシンガーソングライター、ジョニー・ナッシュ

彼は50年代の終わりから60年代前半にかけてはアメリカで活動しましたが、のちにジャマイカに移住してジャマイカンミュージックを積極的に取り入れていきます。

外国人としてはかなり早い段階からロックステディやレゲエに着目し、ボブ・マーリーなどのジャマイカのミュージシャンと交流を持ちました。

そんな彼の全米No.1の大ヒットになった曲が1972年リリースの「I Can See Clearly Now」です。

 

オリジナルは大ヒットを記録しましたが、私が最初にこの曲を聴いたのはジミー・クリフのバージョンでした。

ジミー・クリフはボブ・マーリーに並ぶ国際的に活躍したジャマイカ出身のレゲエシンガー。

その彼が歌うこの曲が1993年公開のディズニー映画「クールランニング」の主題歌だったのです。

「クールランニング」は冬季オリンピックのボブスレーという競技に雪の降らないジャマイカのチームが挑む、という笑いあり涙ありの(実話を元にした)傑作。

ここで流れる「I Can See Clearly Now」が、これしかない!というマッチングで素晴らしいんです。

クリフは60年代から活躍し、たくさんのヒット曲がありますが、この曲は90年以降の彼の代表曲でもあると言っていいと思います。

のちにキムタク主演のドラマ「エンジン」のエンディング曲にもなっていました。

 

I can see clearly now the rain is gone

(雨が止んで目の前がはっきり見える)

という歌詞から始まり

It’s gonna be a bright, bright sun-shining day

(陽の光が眩しい明るい日になる)

という歌詞はシンプルでポジティブなメッセージ。

 

コード進行もとてもシンプルですが、キーにおいての♭Ⅶのコードが何度も使われています。モーダルインターチェンジ(借用和音)というやつですが、なんとも潔く自然な使われ方です。

ヴァース、コーラスではマイナーコードはまったく出てきませんが、中盤にあるブリッジではここぞとばかりに登場し、調性(キー)もかき回されます。重なるコーラスも美しいこのブリッジがこの曲の完成度を押し上げていると思います。

 

カバーはやはりジミー・クリフのバージョンがもっとも有名でしょう。

他にも多くのアーティストがカバーしているとは思っていましたが、調べてみるとメチャクチャたくさん出てきてびっくり!

デニス・ブラウン、ガーネット・シルク、アスワド、マキシ・プリースト、ジャネット・ケイなどレゲエ勢は元より、セルジオ・メンデス、KC&ザ・サンシャインバンド、ソニー&シェール、ナンシー・シナトラ…枚挙にいとまがないとはこのことですね。

いろんな解釈、アレンジで演奏されていてもどれもポジティブなエネルギーに満ちていて、この曲の懐の広さを思い知らされます。

 

中でもお気に入りはジャズシンガーのホリー・コールのバージョンで、その昔ミックステープに収録させていただいたことがあります。

淡々としたベースにたゆたう歌声が心地いい。そして徐々に力強く、スケールが大きくなっていきます。

 

うーん。名曲!

音楽の適正な音量②合奏のとき

 

音量のお話、つづきです。

前回は個人練習のときの音量についてでしたが、今回は自分以外の誰かと一緒に演奏するとき、つまり合奏するときについてです。

 

合奏といってもセッション、リハーサル、ライブ本番といろいろです。

ですが、そのすべてに共通して重要なことは自分以外の人が鳴らしている音をよく聴くということです。

それが大切なのは言うまでもないことですが、これが慣れないうちは意外と難しい。

それでも周囲の音(自分以外の人が鳴らしている音)に意識を向けていれば、徐々に聴こえるようになってきます。

 

しかしながらそれを妨げる要因になってしまうのが音量バランスの問題です。

そのため本格的かつ大きな会場で開催されるライブなどでは、演奏者がもっとも演奏しやすいよう音量バランスを調整することに非常に神経を使います。

モニタースピーカーやイヤモニ(インイヤモニター)を用い、専門のスタッフとコミュニケーションをとって音量を決めていくのですが、セッションやリハーサル、または小規模なライブとなると、自分たちで音量バランスを考えていく必要があります。

 

まず、全体の音量です。

人間の耳には許容量がありますので、あまりにも大きな音量では、ちゃんとした合奏ができているのかできていないのか判断することが困難です。

大音量で演奏してストレス発散!という面もあるかとは思いますが、少なくとも誰かに聴かせることが目的であれば、大きすぎる音量はおすすめしません。ジャンルによっては音が大きいことが重要である場合もあるのは分かるのですが。

 

パート別に見たときには、その合奏において1番大切なパートを考えます。

そのときどきで変わることもありますが、ヴォーカルがいる編成であればヴォーカルがそれに当たることが多いでしょう。

例えばギターやドラムの音量が大きく、ヴォーカルが埋もれてしまうようなことがあれば、それは全体で考えれば良いこととは言えないですよね。

オリジナルの楽曲を演奏していても歌が埋もれてよく聴こえない、せっかくの歌詞が聴き取れないというライブを観客として体験したことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

ジャンルや曲調によってそのバランスはいろいろだとは思いますが、各パート間で音量を競い合わないとならないのは個人的には「大変だなぁ」と思ってしまいます。

自分たちが演奏しやすく、聴く人に気持ちよく伝わるような音量や音量バランスを探していく、ということですね。

 

ちなみに音量を大きくもしくは小さくすることで、ミスを誤魔化すことができるのでは、と思う方もいらっしゃると思います。

確かにそういうこともなきにしもあらずですが、上達しようと思うのであればミスはミスとハッキリ分かった方がいいと思います。

そしてできれば音量はそういう消極的な理由でなく、こうした方がステキだ、こうした方がカッコいいといったポジティブな理由で決めていきたいですよね。