セヴィアン・グローヴァーとタップ

 

セヴィアン・グローヴァー

(Savion Glover)

 

って方、ご存知でしょうか。

彼はアメリカ出身の世界的なタップダンサーです。

 

 

タップダンスは18世紀からあるらしいので、けっこうな歴史ですね。

そもそもはヴォードヴィルショーという黒人のエンタテイメントショーで踊られていましたが、やがて大衆化しニコラス・ブラザーズなどのスターが生まれ、フレッド・アステアジーン・ケリーなど白人の銀幕スターたちも巧みなステップを披露するようになります。

 

映画「TAP」の主演を務めた名手グレゴリー・ハインズはセヴィアンの師匠にあたります。

「TAP」には当時15歳のセヴィアンのほか、サミー・デイヴィス・Jr ジミー・スライドハワード ”サンドマン”シムズなど大御所もたくさん出演していて見応えがあります。

 

 

セヴィアンは1973年生まれということで、まさに現代を代表するダンサー。

タップダンサーというとビシッとしたスーツや燕尾服のイメージがありますが、セヴィアンはダルダルのシャツ。

そしてドレッドヘアーを振り乱しながら踊ります。

この姿がまた、カッコイイんですわ!

 

 

古来より踊りと音楽はセットですが、タップダンスはそれ自体がパーカッションなわけですからその結びつきはすごく強い。

タップダンスだけでも音楽として成立してしまいます。

ヴォードヴィルやブロードウェイ、そして映画の世界で踊られてきたタップの歴史は、そのままアメリカのエンタテイメントとしての音楽の歴史でもあります。

やはりその中心にあったのは「ジャズ」でしょう。

 

タップダンスとジャズは相性がものすごく良い。

とは言っても1940年代に入るまでのジャズとは、いわゆるスウィング(ビッグバンドでやるような)ジャズですね。

ジャズはその後ビバップ革命が起き、アンサンブルより個々のアドリブ演奏を重視するようになっていきますが、そうなってからのタップダンスとの距離感はどうだったのでしょうか。

おそらくはモダンジャズ以降、進行形のジャズとタップダンスの距離は徐々に離れていったのではないかと思われます。

このあたり、詳しい方はぜひ教えてください。

 

 

ともあれ、そこでセヴィアンの登場です。

伝統を重んじながらも「現在のタップ」を創造するセヴィアンは、コンテンポラリーなジャズコンボ(小編成なジャズ)で踊ります。

それははもう絶品。

 

緊張感とイマジネーションのあるアドリブ(即興)の応酬、そしてアンサンブル。

目を閉じて聴いたとしても素晴らしい。

 

 

 

ついでに素晴らしいタップダンスの世界をちょっと覗いてみましょう。

 

ニコラス・ブラザーズとキャブ・キャロウェイ楽団による最高級のエンタテイメント映像が、なんと現代の技術でカラー化!

 

「タップの神様」ミスター・ビル ”ボージャングル” ロビンソン。こちらも現代の技術でカラー化!

 

フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの名コンビ。

 

「雨に唄えば」の楽しげなタップシーン。

 

邦画では「座頭市」のこのシーンが印象的でした。

 

【レコーディング】ピッチ補正③

 

ピッチ補正とはどんなものなのか、その歴史やソフト/アプリケーションなどをご紹介してきました。

 

ピッチ補正がすごい技術であることには疑いの余地がありませんが、

はたしてピッチ補正を施すことは良きことなのでしょうか。それとも悪しきこと?

 

 

このことは「Auto-Tune」の登場以来、頻繁に議論されてきました。

とは言え、当然のことながら立場によってまったく考え方が異なりますので、言ってしまえば不毛な議論だということもしばしばあるでしょう。

当人が良しとするならばバンバン使えばいいし、悪しとするならば使わなければいい。

 

それだけです。

 

が、それでは話が終わってしまうので、肯定派・否定派そのぞれの意見をまとめてみましょう。

そうしてメリット・デメリットを踏まえたうえで使うか使わないか、またどう使うかを判断していただけたら、この記事の意味も多少はあるのでは。

 

 

 

まず肯定派の意見としては、おそらく「力量不足を隠せる」ということに尽きるでしょう。

今や録音物はみな、音程がバッチリ!

本来、音程とはなるべくなら正確であった方が良い場合がほとんどですから、この見地から言えばもうピッチ補正様様(さまさま)です。

 

 

そして「レコーディングに時間をかけないで済む」というのも肯定派の意見。

シンガー・ミュージシャンを拘束する時間やスタジオを借りる時間を、場合によっては大幅に削減できます。

これは費用の削減にもつながります。

歌や演奏に決定的な間違いがなければ、ほんの数テイク録して後はピッチ補正を含む編集でどうにか…というわけです。

 

 

ところで、レコーディングにおいて、完璧を求めて何テイクも重ねていくうちに、「ハマる」ということは珍しくありません。

テイクを重ねるにつれ疲れて集中力がなくなりミスが目立つように、また新鮮味も薄れていきます。

そこで聴き返してみると意外と1テイク目が良かった、なんてこともままあります。

レコーディングは、時間をかければかけるほど良いかというとけっしてそんなことはなく、むしろ集中して短時間で録った方が良い場合が多いのです。

 

 

あと、肯定派の意見の中でも意外と見落としがちなのが「アンサンブルの調和」です。

ホンキートンクなピアノやチューニングの安定しないギター、フレットレスのウッドベースといった楽器のアンサンブルならいざ知らず、昨今のポピュラーミュージックにはコンピューターで鳴らしたサウンドが多用されています。

そういった音は基本的には機械的にチューニングされた狂いのない音程で鳴っています。

アンサンブルの中でそういった音の割合が多くなってくると、有機的で音程が不確定な音は他と馴染まず浮いてしまうんですね。

上手に歌われていたとしてもピッチ補正を施した方がよりオケに馴染む、ということがあります。

 

 

 

否定派の意見としては、とにかく「嘘モンになってしまうことへの懸念・嫌悪」があります。

「詐欺だろ」ってわけですね。

 

まぁ実際、「音源を聴き込んだあとライブに行ったら、音程の甘さにがっかりした」なんてのはよく聞く話です。

ただ、これについては「誰得?」っていう気もします。

ライブで聴いてもらうことが前提であれば、音源で過度にピッチ補正することはアーティストもお客さんも得しないんじゃないかな。

 

 

他には、ピッチ補正に頼って「歌手や奏者が成長しない」という話も聞きます。

往々にして歌手や奏者が「どうせピッチ補正するのだから…」というマインドでレコーディングにのぞむことになってしまう。

ピッチ補正することが前提であれば、集中力を発揮し、シビアに音程をコントロールするということが必要なくなってしまいますからね…。

結果として、先ほどの「ライブでがっかりパターン」になってしまうこともあるでしょう。

 

 

 

それぞれの主だった意見はこんなところでしょうか。

 

みなさんはどうお考えになりますか?

 

先に申し上げたとおり、見地によってまったく考え方は異なりますよね。

 

 

私自身は肯定派の意見にも否定派の意見にも頷けるところはあります。

 

ピッチを補正するということは元のデータを歪めることになるので、ナチュラルでなくなってしまうことは確かですが、聴感上ナチュラルであれば、作品としての完成度を求めてピッチ補正を施すのもアリだと私は思っています。

ともあれ、ピッチ補正を前提とするよりも

「補正なしで人に聴かせられるものを」という意気込みで録音に望みたいものです。

 

 

しかしながら、ピッチ補正が無かった時代のレコードやCDを聴くと、その歌唱や演奏の素晴らしさに感服いたします。

素晴らしい歌唱の一方では、やや拙い歌唱もそのままに音源になっているのですが、それはそれで良かったのかもしれません。

今や猫も杓子もピッチ補正で、面白くないと言えば面白くないかもしれませんね。

 

 

また、音程にばかり意識が向かうことは必ずしも良いことではない気がします。

 

音程が正確でもそれだけでは魅力的な音楽に足りえませんし、音程がちょっとズレただけでその音楽すべてがダメになってしまうかと言えばそんなことはないのでは。

音程の正確さだけで音楽の良し悪しを判断するようになってはつまらない…と感じています。

 

 

あ、ピッチ補正を過剰にかけてエフェクティブに使うことについては、結構なことだと思います。

 

名曲選その2「(They Long To Be) Close To You」

 

私的名曲選、2曲目は

「(They Long To Be) Close To You」

です。

 

今回も超王道です!

 

 

カーペンターズの代表曲

として広く知られていますが、最初の録音は1963年に俳優のリチャード・チェンバレンによって行われました。

その後、ディオンヌ・ワーウィック、ダスティー・スプリングフィールドらがカバー。

カーペンターズによるリリースは1970年ですので、しばらく経っているんですね。

さらに1970年にはダイアナ・ロスやB・J・トーマスが、1971年にはフランク・シナトラがカバー。

以降は数え切れないほどのアーティストがカバーしている、名曲中の名曲です。

 

「遥かなる影」という邦題が付けられています。

 

 

 

作曲は私の敬愛するバート・バカラック

作詞はバカラックの盟友、ハル・デヴィッド

 

 

この曲のなんとも言えないフワフワした感じ、ステキじゃないですか?

これは、おそらくはキー(調)の曖昧さから来ていると思います。

カーペンターズ・バージョンで言えば、キーがCメジャーかGメジャーかどっちつかずになっているんですね。

けっきょくはGメジャーキーだということになるのですが、歌い出しからしばらくはメロディ的にもハーモニー(コード進行)的にもCメジャーでもおかしくない雰囲気なんです。

理論的にはサブドミナントというやつからスタートしているこの技法、今や別段めずらしくもないのですが、ここまで効果的なのはなかなか聴けません。

 

さすがはバカラック大先生!

 

 

Aメロのフワフワした感じから一転、サビではリズミカルに。

メロディは音域の高いところで同じ音高の音を続けて歌うことで、テンションが高まっていきます。

歌詞で言うと「〜in your eyes of blue」の「blue」でポーーンと緊張が弾けて、例のポロロン、ポロロン…。

そしてまたAメロにつながるという、この一連の流れもあらためて聴くと本当に素晴らしい。

 

 

さらには、この曲には後奏(アウトロ)があるんですよね。

これがまたステキで心憎い。

「Wah〜ahhhh〜 Close to you〜」と繰り返されるだけのシンプルなセクションですが、絶対に外せない。

私はここがあるからこの曲が好きだと言ってもいい。

 

この後奏、おそらくはカーペンターズ・バージョンからだと思うのですが、もしかするとバカラックではなく、アレンジ(編曲)をしたリチャードによるものかもしれません。

(バカラック・バージョンでもこれとは違う3小節でくり返されるステキな後奏がついています。)

 

 

歌詞は、「あなたのそばにいたい」ということをポエムのように表現した内容。

「あなた」の存在を神秘的に歌う「あなた賛歌」です。

 

個人的には、含みのないストレートな歌詞だと思っていますが、「Love you」ではなく「Close to you」と歌うところが好き。

 

 

たくさんのカバーがありますが、私はやっぱりカーペンターズ・バージョンが好きかな。

カレンの歌声は言わずもがな、歌詞、メロディ、ハーモニーを際立たせるリチャードのアレンジが素晴らしい。

ただただふんわりもしかねない曲ですが、カーペンターズ・バージョンはシャッフルリズムになっており、カレンのドラムとベースがしっかりリズムのボトムを作っていて「ノリ」が出ています。

ストリングスやコーラスも歌詞の世界観を想起させるように美しい。

 

 

う〜〜ん、名曲!

 

 

最初の録音は俳優のリチャード・チェンバレン。

 

ディオンヌ・ワーウィックはバート・バカラック&ハル・デヴィッドのコンビによる曲をよく歌いました。その中の一曲。

 

バカラック大先生自身のバージョン。いちおうご本人が歌っています。

 

カーペンターズ以降のカバーは完全にカーペンターズ・バージョンが下敷きですね。

 

シナトラの譜割はさすがっすな。

 

歌が上手くなりたい!

 

私は歌うことが大好きです。

家ではだいたい歌っています。カラオケもホントなら毎日でも行きたい。

しかしながら同時に、思うように上手には歌えないもどかしさも感じています。

率直に言って、私は歌が上手くなりたい!

 

そこで今回は、歌が上手い人とはどんな人なのか、ちょっと考えてみたいと思います。

 

 

ちょっと前に「歌モノとインスト」という記事を書きましたが、そこで述べたように「歌と楽器はやっぱり別物」という一側面はあるでしょう。

だから、上手く歌えないもどかしさ楽器が上手く演奏できないもどかしさは少し違うような気がしてしまう。

 

 

生まれてから特別なことは何もせず、初めて楽器を触ったときにいきなり上手に演奏できる、なんて人はいません。

当たり前ですが、どんなヴィルトゥオーソ(達人)にも何もできない初心者だった頃があるのです。

 

ところが歌に関しては、「最初から上手い人」がいるような気がしてしまう。

 

天才、いわゆる先天的に…ってやつです。

そんなことないですか?

少なくともずっと昔の私は、なんとなくそんなふうにも思っていた節があります。

 

 

ただこれ、「そんな気がしてしまう」だけで、実際はそんなわきゃないですよね。

 

あんまり現実的な例えではありませんが、

オギャーと生まれてからある程度成長するまでいっさい音楽を聴かずに音楽的な遊びもせずに育った子供が、ある日初めて音楽を聴き歌ってみたら、生まれつきの才能でめっちゃ上手かった…

いやいや、ありえない。

と私は思います。

 

世の中に天才的に歌が上手い人というのは、けっこうな数いらっしゃいますが、その方々は「そういうの」じゃないと思います。

 

 

ではなぜ歌が上手くなったのか。

 

歌が上手い人は、おそらく例外なく音楽が好きで、音楽をよく聴いてきた人でしょう。

 

ここで言うよく聴くの「よく」は、頻繁にという意味と、集中して観察眼(耳)を持ってという意味の2つがあります。

集中して観察眼(耳)を持って、上手な人の歌をよ〜く聴くんですね。

 

 

そして真似して歌う。

「学ぶは真似ぶ」ってやつですね。

これは歌だけでなく楽器にも言えることですが。

 

 

ここで大事なのは、元の歌唱と自分が真似た歌声を比較検証すること。

これまた「耳」です。

同じように歌えているか、どこがどうズレてしまったかを冷静になるべく高い精度で判断する耳。

もちろんこの耳もまた、生まれもってのものというより、養われたものでしょう。

 

 

つまり歌の上手さは先天的なものではなく、積み重ねの上に成り立っているのです。

 

これは転じて努力すれば誰しも上手くなれる可能性がある、ということでもあります。

 

よかった〜〜。

まずは意識を持つところから、ですね。

 

 

楽器の演奏と同じように歌も、音程、リズム、抑揚、細かなニュアンス、声色の使い分け、といった一つ一つの要素を正確にコントロールすることで「上手さ」が成り立っています。

 

また、詞の世界観を理解すること、その世界に入り込むこと、自分の思いを乗せることで、上記の具体的な要素とは別に歌に奥行きや説得力をもたらすこともあるでしょう。

このあたり非科学的というか、根拠があるわけではありませんが、もし逆に詞の意味も知らずに歌ったとしたらやっぱり聴く人への響き方は違ってくるだろうとは思うわけです。

 

 

ということで、私もあらためて意識してみようと思います。

おわり。

 

 

あっ、ヴォーカルのレッスン、ボイトレにご興味のある方は、ぜひ体験レッスンを〜〜。

注)講師は私ではありません。ご安心を。w

 

名曲選その1「ALONE AGAIN (Naturally)」

 

私的名曲選、基本的には順不同で、思いついた曲を順次取り上げていこうと思いますが、1曲目はさすがにちょっと考えました。

 

で、選んだのは

「ALONE AGAIN (Naturally)」

です!

 

予告どおりベタです。w

最強にベタと言っていい、名曲中の名曲だと私は思っています。

 

 

 

ALONE AGAINは、アイルランド出身のシンガーソングライター、ギルバート・オサリバン(Gilbert O’Sullivan)による1972年リリースの曲で、アメリカ、イギリス、日本…世界中で大ヒットしました。

 

曲名やアーティスト名を知らずとも、ほとんどの方が耳にしたことがある曲でしょう。

 

かく言う私もオサリバンについては、ベスト盤で聴きかじっているぐらいでして…不勉強ですみません。

まぎれもなく70年代に一世を風靡した偉大なアーティストではあるのですが。

ともあれ今回はギルバート・オサリバンではなく、あくまで名曲ALONE AGAINについてですので、ファンの方々はどうぞご容赦を。

 

 

さてこの名曲、おそらくはピアノで書かれたソフトロック路線の曲で、

とにもかくにもメロディが素晴らしい。

 

そのじつ、ハーモニー(コード進行)的には非常に凝った作りになっており、細かい転調の嵐、同主調からのコード召喚、クリシェ、オルタードテンションと、ハーモニー技法のオンパレード。

 

だのに!

 

聴くとメロディと相まって、引っかかりのない流れるようなハーモニーになって聴こえます。

 

まさにナチュラリー!

アメージング!

 

私の大好物である、「シンプルに聴こえて含み(深み)がある楽曲」の最たる例です。

 

 

オサリバンは専門教育を受けず独学でピアノや作曲を行ったそうで、それでいてこのハーモニーの洗練さとはこれいかに?

今でこそ情報も多く早熟なアーティストは珍しくないですが、60年代にこれを21歳で作ったとか?

すごいんですけど…。

 

さまざまな技法が作為的に聴こえずじつにナチュラリーなのも、いわゆる「お勉強」から作られたものではないからかもしれません。

はっきり言ってジェラシーです。

 

 

さらにこの曲は構成も面白く、Aメロ〜Bメロ、もしくはヒラ歌〜サビ(ヴァース〜コーラス)といった区分けがありません。

必然のように次から次へとメロディが紡がれ、ワンセクションが16小節の大きなひと塊になっています。

これをワンコーラス(1番)ととらえるのが妥当でしょうが、そうなると今度はワンコーラスとしては非常にコンパクト、ということになる。

まるで童謡のような作りです。

う〜〜ん、ステキだわ。

 

そして1番、2番と歌ったのち、いわゆる大サビと言われるようなセクションが一度だけ出てきます。

ここへの転調も素晴らしい。

しかしこの当時、曲の後半に大サビを持ってくるという作りはかなり珍しかったのでは?

このセクションがあると無いとでは、曲の完成度もまったく変わってきたでしょう。

 

 

歌詞は意外にも?自殺をほのめかしたり両親との死別を語ったりして、「けっきょくは一人ぼっち」だと呟くような、ちょっと寂しい内容。

個人的には、ありきたりなラブソングじゃないところも好きなポイントです。

 

 

ところで名曲というと、のちにさまざまなアーティストにカバーされるのは当然の流れ。

ある意味そうしたカバーが、名曲を名曲たらしめているとも言えます。

 

中には、たくさんのカバーによって曲が一人歩きしている、つまりオリジナルがどれだか分からなくなっているようなものもありますが、

ALONE AGAINはオサリバンのオリジナルしか思い出せないと言ってもいいくらいでは。

それくらいに、オサリバンの歌声にしても素朴なアレンジにしても「これでなきゃ感」があります。

 

これぞ名曲。

 

 

 

…って長っ!

この文量では息切れしそうなので、次からはもっと要約しなきゃ。

 

名曲選その0「まえおき」

 

世の中には膨大な数の曲がありますね。

 

レコードやCD、配信などで聴くことのできる表立ったものだけでも、すべて把握することは困難です。

時間に換算すると、人の一生をかけても到底聴ききれる量ではないでしょう。

音楽だけ聴いて生きていけるわけでもなし…。

 

 

だとすれば

能動的に音楽を聴くということは、その選んだ曲に(人生の)限られた時間を割いている

ということでもあります。

 

まぁ、普段そんなことまじまじと考えないですけどね。

でもそういうことですよね。

音楽を聴くことに限らないですけど。

 

 

そこで何を聴くかはもちろん個々の自由(勝手)です。

 

お気に入りの曲を何度も何度も聴くもよし、友達に勧められた曲を聴くもよし、流行りの曲を追いかけて聴くもよし、1人の歌手や1つのバンドを追いかけて聴くもよし、あるジャンルに絞って聴くもよし、ある地域の音楽に絞って聴くもよし、ある年代の音楽に絞って聴くもよし、できるだけ広く聴くもよし、誰も聴いたことのないような音楽を探すもよし…。

あるいは、好きな人と共通の話題を持ちたくて、その人が聴いている音楽を聴くもよし。

なんでもイイわけです。

 

 

でも、なんでもを自由に聴けない環境っていうのも、時代や地域によってはあるわけで。

そういう意味では、なんでも自由に聴けるのってありがたいことですね。

ましてや今はサブスクですよ。

あらゆる音楽がスマホで簡単に聴けちゃう。

信じらんない。

 

 

 

さて、私の場合はどうかと申しますと、一生のうちになるべく多くの音楽・曲を聴きたいと思っています。

やはりすべてを聴ききれるわけなどないので、選んで聴くことになります。

 

さしあたって何を選ぶかと言うと、簡単に言えばヒット曲です。

それも今現在のものではなく、何十年か前のもの。

つまり、一般的に「名曲」と言われている類のものです。

※何をもってして名曲とするか、といった細かい話はここでは無しとしてください。

 

 

曲の好みなんていろいろで、もちろん私にも私なりの好みがあるわけですが、「名曲」にはやはり多くの人を虜にした要素が潜んでおり、なるほどと思わされることが多々あります。

 

なるべくたくさんの名曲を聴きたい。

しかしながら「名曲」の数の多さも尋常じゃない。

私のスタンスでは一生かけても「名曲」を網羅して聴くことなどできないでしょう…。

 

 

なんて多いんだ!世の中の曲よ!

 

 

 

ということで?今後は自らのためにも名曲をシェアしていきたいと思います。

微力ですし、いわゆる名曲ですのでベタベタな選曲となるでしょうが、ひとつよろしくお願いいたします。

 

みんな違ってみんな良い

 

出来なかったことを出来るようになる、その過程やそれにかかる時間はさまざまでしょう。

もちろん、本人に合ったやり方でなるべく時間をかけずに出来るようになるのが理想だと思います。

 

 

レッスンをしているといろいろな生徒さんがいらっしゃいます。

進捗にはもちろん個人差がありますが、それ以上に「性格って本当に人それぞれなんだなぁ」と至極当然のことをあらためて感じます。

 

丁寧な方、大胆な方、テキパキした方、おっとりした方、自己表現が得意な方、観察する方、いい意味で遠慮のない方、気遣いのある方、独創的な方、協調性のある方、よく話す方、よく話を聞く方、行動力のある方、よく考える方…。

 

こういったさまざまな性格というのは、そのまま音に反映されます。

 

丁寧な方は丁寧な音に、大胆な方は大胆な音に…といった具合に。

 

つまりどんな性格でも、それがポジティブに働けば「個性的でステキ」だということになっていきます。

 

音楽に限らず表現することや創造することには、本来、この「個性」こそがもっとも重要と言っても過言ないでしょう。

 

 

 

人ぞれぞれ

 

ごくまれにですが生徒さんから「他の生徒さんは(自分と比べて)どうですか?」と聞かれることがあります。

自分と同じようにレッスンに通って音楽に取り組んでいる方の成長や進捗が気になる、そしてその方たちと比較して自分はどうなのかが気になるのはよく分かります。

よく分かりますが、やりたいことも性格も時間の使い方も人それぞれなわけですから、比べてもしょうがないんですよね。ホントに。

他の人のことを聞いてそれが励みになるのであれば、いくらか意味はあるのかも知れませんが。

 

 

 

さて、それぞれの性格がすぐに個性に昇華されれば苦労はないのですが、往々にしてそうなる手前の段階では、その性格からくる逆の側面が音楽の成熟や楽器の上達を邪魔します。

 

丁寧ゆえに時間が膨大にかかる、大胆ゆえに雑になりがち…といった具合に各々の持つ性格ゆえに苦労します。

ともすれば自分には向いてないんじゃないか、才能がないんじゃないか、と思ってしまうこともあるかもしれません。

 

でも、

習得に時間がかかっても誰かに迷惑をかけることはありません。

少々雑な演奏でも誰かに迷惑をかけることはありません。

 

 

もっと言えば、そういった一見ネガティヴな側面も含めてステキな個性だと私は思います。

 

ポジティヴな面とネガティヴな面は表裏一体ですから。

そういう意味では、上手な人でもきっとその人なりの悩みを抱えながら取り組んでいるはずです。

 

ネガティヴな面をカバーしようと取り繕う(悪い意味ではなく)ことが個性につながる、ということも大いにありうるでしょう。

 

演奏の出来栄えを気にしていくことは自然だし良いことだと思いますが、多くの方は他でもない自分のために音楽をやっているのでしょうから、「その取り組み自体が素晴らしい」と考えていけたらステキですよね。

 

 

私も、私のこの性格ゆえに苦労したことがいっぱいありますし、それは今も続いていますが、少しずつ自分らしい演奏・音楽が出来るようになってきている気がするし、ようやく「これが自分だ」というある種の割り切りも出来るようになってきました。

 

 

 

また、上達することに焦点を当てるならば、ご自分の性格をある程度把握した上で、ときに普段ではチョイスしない方法を取ってみるのも効果的かもしれません。

 

レッスンを受けることには、そういったことを自分一人だけじゃなく講師と一緒に客観的に考えていける、というメリットがあります。

 

オススメの音楽練習アプリ③「おとあて」

 

スマホの音楽アプリで、にわかにハマっているやつがあるのでご紹介してみます。

 

いわゆる音感トレーニング系のアプリで、その名もズバリ

「おとあて」

というやつです。

 

 

iOS版、Android版のどちらもリリースされていて、無料でインストールできます。

iOS版 音感検定アプリ おとあて

Android版 音感検定アプリ おとあて

 

 

ド〜シまでの中からランダムに鳴らされる音を聴いて、それが何の音か当てていくだけの、めちゃめちゃシンプルなゲーム?アプリです。

 

が、10問正解するまでの時間が計測され、ランキングされるところに妙な張り合いが生まれてきます。

そして、ある程度いい成績(時間)が出せると、よりレベルの高いステージに進むことができます。

 

「おとあて」がイージーだという方には、上級レベルの「おとあて PRO」というアプリも用意されています。(こちらも無料)

iOS版 音感検定アプリ おとあてPRO

Android版 音感検定アプリ おとあてPRO

 

 

トレーニングを目的として考えたら、Cメジャーキー以外のキーにも変えられたらなとか、音域がせめて2オクターブは欲しいなとか、臨時記号の練習もしたいなとか、いろいろ欲がでてきます。

ただ、ここまで絞って削ぎ落としたからこその手軽さや分かりやすさがあって、そこが良いんでしょうね。

 

 

作っているのは「hubbub party」?

調べてみたら、なんとソニー・ミュージックエンタテイメントではないか!

 

だからどうと言うこともないはずだけど、なんだか妙に納得したりしなかったり。

 

 

さらにこのアプリには対戦モードがありまして、これがなかなかに熱い。

 

このところヴォーカル/ピアノのchie講師とスキマ時間に対戦しているのですが、対戦成績は3 : 7くらいで負け越し中…。

悔しい。

 

まぁ対戦モードは、ある程度の音感がある者同士だとおよそ瞬発力勝負で、トランプゲームの「スピード」に近い感じですけど。

 

 

こういったスマホ・タブレット用の音楽トレーニングアプリはもちろんいろいろありますが、制作・販売元がOSのバージョンアップに対応してくれず使えなくなってしまうものも少なくありません。

私は、過去に重宝していたアプリが使えなくなってしまったことがありました。

「おとあて」はソニーさんということで、しばらくは大丈夫かな?と思っていますが、ご興味のある方は早めにインストールすることをオススメします。

 

 

前述したように「痒いところに手が届く」といったタイプのアプリではないので、これ1つあれば音感トレーニングはバッチリ!とはいきませんが、

「遊びながら音感を強くしていく」というのは大事なこと

ですから、その観点からはかなり優良アプリだと思います!

 

このアーティストにせまる①角松敏生さん

 

今回は角松敏生さんについて書いてみようと思います。

 

活動歴も長く、当然熱心なファンも多いのですが、彼をご存じない方、名前だけは知っているけど…という方に向けてひとつ書いてみます。

 

 

角松敏生さんは1960年生まれのシンガーソングライター/プロデューサーです。

 

洗練された曲作りで知られ、都会的と表現されたりもしています。

具体的な音楽的特徴は彼が敬愛する山下達郎さんに通じる点も多く、同じく敬愛する大滝詠一さんやティン・パン・アレーの他、フュージョンやAOR、R&B、ファンクといった音楽の影響も大きそうです。

 

 

角松さんのデビューは1981年。(今年は40周年なんですね!)

おそらく当時はニューミュージックと括られていたと思いますが、サウンド的には昨今でいうところのシティポップど真ん中とも言えます。

 

81年というと、まだチャートには歌謡曲が多かったんですよね。

「奥飛騨慕情」「みちのくひとり旅」「大阪しぐれ」「恋人よ」などなど…。

そして「スニーカーぶる〜す」「お嫁サンバ」「ハイスクールララバイ」「まちぶせ」といったアイドルソング。

シンガーソングライターの曲では、松山千春さんの「長い夜」、ユーミンの「守ってあげたい」、矢野顕子さんの「春咲小紅」などがヒット。

 

もちろんどれも名曲!

 

しかし、ここで角松さんのデビュー曲を聴いてみましょうか。

「YOKOHAMA Twilight Time」

もちろん作詞・作曲は角松敏生。

これは2001年のライブテイクですが、

いかにシャレた曲でデビューしたかお分かりになると思います。

 

デビューアルバムには、村上”ポンタ”秀一さん(Dr)、斎藤ノブさん(Per)、鈴木茂さん(Gt)、後藤次利さん(B)、松原正樹さん(Gt)、今剛さん(Gt)、井上鑑さん(Key)、田中章弘さん(B)、清水信之さん(Key)、ジェイク・H・コンセプションさん(Sax)、向井滋春さん(Tb)、EPOさん(Cho)…書ききれないほどの一流スタジオミュージシャンが参加しています!

 

続く2枚目のアルバムはロサンゼルス録音。

ベースにネイサン・イースト!ルイス・ジョンソン!ギターにアル・マッケイ!鍵盤にドン・グルーシン!ドラムにジョン・ロビンソン!

スゴっ!

事務所やレコード会社の期待がはっきりと伺えます。

 

 

以来、角松さんのアルバムやライブと言えば、豪華なバックミュージシャン。

スティーヴ・ガッドが叩いてたりね!

ガッド(神)をガッちゃんだと!?

ステージ上のメンバーの数も多くて、ホント豪華です。

 

 

そしてシングル「TAKE YOU TO THE SKY HIGH」でブレイク。

 

いいですね〜〜!

夏!

 

もいっちょ夏!

「No End Summer」

 

 

さらに「Do You Wanna Dance」ではファンキー路線に。(動画はリテイク版)

 

この曲は角松サウンドの美味しいところが凝縮されています。

パーカッシブなリズム、ソウルフルなコーラス、キレのいいホーンセクション、うなるベース、シンコペーションのリズム、爽やかな音色の鍵盤…。

 

このあたりの’80sサウンドが青春だ、という方も多いことと思います。

ああ〜〜なんてステキな音!キラキラしてて最高ジャン!

 

 

その後もコンスタントに作品を作り、ライブを行っています。

その職人的な音へのこだわりは有名で、作詞・作曲はもちろん、アレンジやプログラミング、そして演奏、エンジニアリングもこなすそうです。

 

 

また、角松さんはギタリストとしてインストの作品を作ったりライブをしたりもしています。

プレイヤーとしても確かな腕前を持っていますが、彼の周囲はホントに一流のミュージシャンばかりなので、本職の方々と比べてしまうのは良くないですね。

ヴォーカリストであり、作曲者であり、アレンジャーでもあり…音楽全体を俯瞰できる彼の演奏は、本職の方々にはない魅力や歌心があり、以前から言っていることですが、私はそういう演奏が好きです。

 

 

あっ、もう一つ!

角松敏生と言えばプロデュースワーク/楽曲提供を忘れてはいけません!

 

まずは杏里さん。

「悲しみがとまらない」、ヒットしましたね〜。

あ〜〜、杏里さんについてもそのうち書きたいですね。

 

そしてミポリンこと中山美穂さんの「You’re My Only Shinin’ Star」。

これは角松さんのソロを含めても、もっとも売れた曲だとか?

 

他にも、西條秀樹さん、中森明菜さんなどに楽曲提供をしました。

 

あと、NHK「みんなのうた」で放送され、長野オリンピックのテーマソングでもあり、V6もカバーして歌った「WAになっておどろう」は元はAGHARTA(アガルタ)というバンドの曲で、このバンドは角松さんの覆面プロジェクトです。

 

【レコーディング】ピッチ補正②

前回の記事はこちら

 

ピッチ補正についてまずはその歴史を、ということでしたが、前回はサンプラーのお話で終わってしまいましたので、つづきです。

 

 

レコーディングの現場にも徐々にデジタル化の波が押し寄せます。

 

1990年代に入ると、アメリカのDigidesign社が「Pro Tools」を発表し、レコーディングスタジオに導入され始めます。

 

以来、プロの現場ではデフォルト、大スタンダード。

Pro ToolsはDAW(コンピューターで音楽を作る、デジタル・オーディオ・ワークステーションの略の元祖にして大本命となりました。

 

アナログの音質や作業を大切に考える人というのは今でも一定数いらっしゃいますが、圧倒的に便利で合理的な録音/編集を可能にしたPro Toolsへの移行は抗えない流れだったのかもしれません。

録音データは大容量のハードディスクへ記録され、元のデータを壊すことなくさまざまな編集(ノン・ディストラクティブ編集)をすることができました。

 

しかしそんなPro Toolsにも、1音ごとの音程を微調整するような機能は備わっていませんでした。

 

 

 

そしてついに1997年、アメリカのAntares社から「Auto-Tune」が発売されます。

 

Wikiによると、”技師として石油会社のエクソンモービルで働いていたアンディ・ヒルデブランドは、地震データ解析用ソフトが音程の補正にも使えることを偶然発見した” とあり、その翌年にはこの技術を用いたAuto-Tuneが製品化されています。

 

地震データ解析用ソフトが音程の補正にも使える??

マジか〜〜、ぜんぜん関係ねーじゃん。www

 

 

とにかく、今ではレコーディングスタジオのPro ToolsにはAuto-Tuneがプラグインとして入っている(Pro Tools内でAuto-Tuneが使えるようになっている)のが当たり前です。

Pro ToolsがDAWの元祖にして大本命なら、ピッチ補正ソフトの元祖にして大本命がこのAuto-Tuneです。

 

 

なんなら「ピッチ補正」という言葉や行いは知らなくても、Auto-Tuneは知っている、という方もいらっしゃるのでは?

 

まぁ、それには本来のピッチ補正とは別の理由がありまして。

オートチューンを用いてムリクリにピッチ矯正をすると、原音が歪んでそれを「ケロった」なんて言うんですが、試しに思いっきりケロケロさせてみたら面白い効果が得られたんですね。

もはやエフェクターです。

 

この効果を使った曲が次々とヒットしまして、「あの声はなんだ?どーやってるんだ?」「あれはじつはオートチューンってのを使っててね…」という具合にその名前が知れ渡っていった、と。

 

 

 

Auto-Tune、もう20年以上経っているんですね…。

 

もちろんその間に、他社からもピッチ補正ソフトがいくつも発売されました。

中でもCelemony社のメロダイン(Melodyne)などはDTMをする人にはよく知られたピッチ補正ソフトです。

 

DAWソフトのStudio Oneにはメロダインがプラグインとして付いてきます。

また、CubaseLogic ProといったDAWソフトにはピッチ補正機能が備わっています。

 

 

私がAuto-Tuneを初めて使ったのは16年前くらいかな。おそらくは最も話題になっていた頃ですね。

そのときはそりゃもう、感動!でした。

 

時が経ち、その感動ももはやだいぶ薄れ、自宅でちょっとした録音をした後にササッとピッチ補正をする、なんてのも日常茶飯事?になってきています。

それが良いか悪いかは、いろいろな考え方があるでしょう。

そのあたりも後ほど考えてみたいと思います。

 

 

つづきます。