TRIAL LESSON レッスンを体験しませんか
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音楽と仲良くなる

 

前回からのつづき

 

前回、0100だという数字を「上手さ=テクニック」だと考えないようにと書きましたが、では、何と考えると良いでしょうか。

 

それは、どれだけ音楽と仲良くなれたかという度合いだと思ってください。

もちろん、そんなものは数値化できませんので、数字はメタファーであってここでは意味を持ちません。

 

01にして、12にして、23にして……。つまり、徐々に音楽を理解して距離を縮めて仲良くなっていく。そうしていくことに楽しみがあるのではないか、というお話です。

 

「音楽と仲良くなること」と「音楽を楽しむための力」。

ずいぶん遠回りをしましたが、なんだか、だいぶ近い話になってきました。

(このコラム、書き溜めせずに毎回場当たりで書いているので、話をうまく繋げるのが大変です。がんばります。)

 

そうです。「音楽と仲良くなること」が「音楽を楽しむための力」をつけることになるのです。

 

今、パッと思い出したことがあります。

これは音楽という広義なものではなく、楽器のコントロールにフォーカスしたお話ですが、Julian Lageというギタリストがワークショップで言っていたことが興味深かったので、ちょっとご紹介します。

Julianは、素晴らしいイメージとフィーリング、ニュアンスとダイナミクスで演奏する、新世代のプレイヤーですが、その彼がギターの弦を弾くことについてこんな話をしていました。

 

つづく

 

写真はまた、まったく関係なくてすみません。

どこのどなたの作かわかりませんが、笑いを通り越して感心しましたので。

(AliExpressという通販サイトから拝借しました)

「未来」は「今」の積み重ね

 

前回からのつづき

 

はっきり言って、この考え方をシフトしていかないと、所謂「挫折」する可能性は非常に高いと思います。

 

物事には往々にして段階があります。0100かではないのです。初心者のうちは自分が0で、出来ている人がみんな100に見えるかもしれませんが、そんなことはありません。

もちろん、辛抱強くがんばっていると、ある日突然、0から100になるわけでもありません。

(そして、この0100だという数字を「上手さ=テクニック」だと考えていると、また周囲の人の目が気になってきたりとロクなことがありません。)

 

繰り返しになりますが、音楽は、初心者のうちからどの段階でも楽しめるものなのです。

勘違いしないでくださいね!上手な人だけが楽しむものではないのですよ!ですよますよ!いくよくるよ!

 

はい。で、話をもとに戻しますと、「達成感」を求めずに11歩の歩みを楽しみましょうということですね。

 

どうですか?

「そんなまどろっこしいことやってられるか!」とか思っちゃいましたか?

そんなあなたは、羽生結弦選手の4回転ジャンプを見て、真似して「エイッ」てやって骨折です。

いや、しませんよね、真似。

スケート靴履いてリンクに立つところからですよね。

それで、ちょっとスーーッと前に進めたら、それだけでも楽しいじゃないですか。

どうですか?

 

「未来」は「今」の積み重ねです。今を楽しめないのなら、この先だって楽しくはならないと、私は思います。

 

つづく

今を楽しむ

 

前回からのつづき

 

さらに、音楽を始めるにあたって、最初からそれをひっくり返して達成感を求めようとすると「音楽を楽しむための力」を養うのが難しくなってしまうと、私は考えています。

 

決まった日程にライブで曲を披露して達成感を得ることが第一の目標であるとすれば、ほとんどの人は最短ルートで目標に向かいたがります。すると、その最短ルートを辿っている最中は(道程を)、楽しむことが度外視されてしまいます。

 

「音楽を楽しむための力をつける」ことをコンセプトとするfestina-lente music school

festina-lenteとはラテン語で「ゆっくり急げ」の意で、転じて「急がば回れ」です。

一見、回り道と思えるような道程にも、たくさん楽しみが転がっています。

 

また、音楽は、ある一定のレベルに達したら、そこで初めて楽しくなるものではなく、その段階ごとの楽しさがあるものです。

ぜひそこに目を向けていただきたいと思っています。足元の蟻や石ころや小さな花に関心を持つように。

 

あなたから見て「あんなふうに上手に演奏できたら楽しいだろうな」と思うような人も、長く長く続く道の途中であって、きっと、その人は、もっとずっと技術が拙かった頃から、今も、そしてこの先も、その道のりを楽しんでいることと思います。(立場に付随する責任等は別にして)

 

今を楽しみましょう。

 

音楽を始めようとしている、もしくは始めたばかりの方は、得てして「出来る人=楽しめる人」と「出来ない人=楽しめない人」といった二極分化に自分を当てはめ、「出来ている人は楽しそうだな」「あぁ、私は出来ないから楽しくもないんだ」「いつになったら出来るようになり、楽しくなるのだろうか」などと考えがちです。

 

つづく

「達成感」は求めない

前回からのつづき

 

私は「達成感」を音楽に求めるのは、やや違うのではないか、と感じています。

音楽とは達成するものではなく、永遠と続く道程を楽しむようなものだと思っています。

 

よく、発表会やライブなどの目標やイベントがあると、それをモチベーションにがんばれる、という声を聞きます。確かにそれはがんばる気持ちの着火剤にはなるかもしれませんが、それがないと楽しめない、がんばれないというのは、なんだか本質が抜け落ちているように思います。

 

良い例えかどうかわかりませんが、恋人同士が長く付き合って行くのに、記念日や旅行、非日常的なイベントや刺激はあると良いのかもしれません。かもしれませんが、それがなかったら付き合いをやめてしまうんでしょうか。もっと言えば、記念日を一緒に過ごし、一緒に旅行に行くために付き合っているのでしょうか。違いますよね。

 

節目はあります。

発表会が終わった。ライブが終わった。曲が仕上がった。レコーディングが終わった。

その都度達成感はあると思います。それは当たり前です。それが間違っていると言っているのではありません。

でも、達成感を感じたいからそれらをやるのではなく、やりたいからやる、楽しみたいからやる、のがストレートだと思います。その結果として、節目の達成感がついてくる、と。

 

つづく

音楽の楽しみとは

 

前回からのつづき

 

音楽(歌や楽器を奏でていくこと)の楽しみとは、どんなものなのでしょうか。

ちょっとイメージしてみてください。

 

本質的には、音楽の楽しみとは、簡単に言葉で言い表せないものだと思っています。

だからこそ素晴らしいのだと。

でも、それでは話が終わってしまうので、少し具体的に考えてみましょう。

 

達成感、ストレス発散、共有する喜び……

 

どうですか?他にもいろいろありますよね。

楽しみを何もイメージできなかったら、それでも音楽をやる理由は、それこそ「モテたい」みたいなモチベーションじゃないかと思いますが、これはいったん置いておきましょう。(このことは、実はとっても大事だと思っていますが。)

 

で、楽しみですが。

 

上記の内、「共有する喜び」と言うのは確かにあると思います。バンドやセッションで、自分以外の人間と1つの音楽を共有するというのは、なかなか代用のない、素晴らしい感覚を味わえるはずです。

 

「ストレス発散」はどうでしょう。はい。こういう側面もあって良いと、私は思います。

ただ、これは「上手くやる」ことに意識がフォーカスしてしまっては、なかなか難しいのではないでしょうか。

声を出したり、楽器を使って発音すること自体に、シンプルな喜びは確実にあります。

技術が上がり知識が増えることで、この初期衝動的な喜びは薄れていきがちですが、忘れないで、また、思い出していきたいところです。

 

では「達成感」はどうでしょうか。

 

 

つづく