音楽は奏でられたがっており、楽器は奏でたがっている

 

前回のつづき

 

ギターを弾こうとしたとき、多くの人は「よーし、今からこの弦を弾いてやるぞ!」と意気込んでバーンとやってしまうけれど、彼は、ピックが弦に触れた状態で、ずーっと30秒でも10分でも待つのだそうです。

弦を「はじく」のではなく、意気込みが完全になくなって、自然にピックが弦を「すり抜ける」まで。

 

私のこの文章で上手く伝えられているか自信がないですが、要は「楽器を制圧してやろうと意気込むのではなく、自分と楽器とが50/50の関係になって協調して音楽を奏でれば良い」といった旨だったと思います。

 

それを見て、この若さですごい境地まで達しているなー、と感心すると同時に、スッと腑に落ちたというか妙に納得させられたのを覚えています。

YouTubeで見つかると思うので、よかったら探してみてください。)

 

なかなか言うことを聞かない道具をどうにかコントロールするという意識は、ともすれば自ら楽器との距離を遠ざけてしまうことになるのかもしれません。

 

また、これはどこのどなたの言葉か失念しましたが、「世の中のありとあらゆる音楽は常に奏でられたがっており、楽器は常に奏でたがっている」といった話を聞いたときも、素敵だなぁ、そうかもしれないな、と思いました。

 

音楽や楽器をあまり難しいものだと考えずに、好きで始めるのでしょうから、より関心を持っていくと向こうからも近づいて来てくれるかもしれません。

 

そう考えると、人と人との関係にも近いようなところがありますね。

 

つづく