TRIAL LESSON レッスンを体験しませんか
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楽譜は相棒か、それとも服従すべき監督か?

 

最近、「楽譜を見ながら演奏するってどうなの?」という話題をSNSで見かけました。

主に「ライブのときに楽譜を見るのはどうなのか」という旨のトピックではありましたが、音楽を学んでいる人や教えている人も、それぞれに考えさせられる話題だったと思います。

人によって性格ややりたいことも違うので、何が正解ということもないのですが、私が思ったことを書いてみます。

 

さて、そのことを考えて私が思い浮かんだのは「カラオケ」です。

カラオケでは画面の歌詞は見るものの、楽譜を片手に歌っている人ってあまり見かけませんよね。

それでもみんな、その場の空気や気分で楽しそうに歌っていています。

多少のズレや歌詞忘れも笑いに変わる。

あの音楽との関係性って、すごく自然で素敵だなって思うのです。

 

楽器の演奏は、もちろん歌ほど自由にいかない場面もあるけれど、 きっと共通している部分もたくさんあるはず。

そういう意味では、楽譜どおりに正しく演奏するだけじゃなく、奏者自身の気持ちや温度感が乗って、はじめて自然で素敵な音楽になるような気もします。

むしろ誤解を恐れずに言えば、いい加減でいいというか…。

 

レッスンしていると、楽譜を見ることで安心できる生徒さんはやはりたくさんいらっしゃいます。

もちろん楽譜を見ること自体は否定しません。

私も必要があれば見ますし。

しかしながら楽譜を見て臨んだ演奏は、「楽譜どおりに体を動かすこと=演奏」になってはいませんか?

たしかに楽譜どおりに体を動かすことができれば、楽曲としての形にはなります。

でも、奏でている音に、本人の感情や意思がちゃんと乗っているか…ということは、ときどき立ち止まって見つめ直してみてもいいかもしれません。

 

また、「楽譜を見ないで覚えて演奏してみよう」と伝えたとき、不安そうな表情になる生徒さんもいらっしゃいます。

けれど頑張って覚えて、耳を澄まして、指に意識を向けて、音と向き合い始めると…その演奏から「今ここにしかない音楽」が立ち上がってくることがあります。

それは譜面には書かれていない、その人自身の「表現」であり「音」なんですよね。

 

楽譜は、便利で頼もしいツールです。

でも、そこに書かれているのは「音楽の可能性」であって、「音楽そのもの」ではないかもしれません。

だからこそ、楽譜との距離感は「ちょうどいい関係」でありたい。

必要なときはしっかり頼って、余裕があるときは少し手放してみる。

そのくり返しの中で、音と自分の関係が少しずつ育っていくのではないでしょうか。

 

音楽は、ただ正確に音を並べるだけのものじゃありません。

心を揺らし、誰かとつながり、思い出になり、ときに自分自身を支えてくれる力をもっています。

楽譜はきっと、そんな「あなたの音」を引き出してくれる、やさしい相棒のような存在なんじゃないでしょうか。