下手が許されない恐ろしい世界

なぜ音楽を語るときに、「上手いか、下手か」がこんなにも重要視されることとなったのでしょうか。

 

音楽は「芸術」というカテゴリーに括られています。

「芸術」とはウィキペディアによれば、「表現者あるいは表現物と、鑑賞者が相互に作用し合うことによって、精神的・感覚的な変動を得ようとする活動」とあります。

ここでは上手さには言及していませんが、「精神的・感覚的な変動を得ようとする」にあたって、「誰しもが簡単には真似できない」方が、よりその可能性が高くなる、ということはあるでしょう。

がしかし、やはり「上手くなくてはいけない」とまでは読み取れません。

 

そして一方では、音楽は「大衆の娯楽」という側面も持っています。

カラオケなんかが、その最たる例です。

そして当然、カラオケは上手い人だけが楽しむものではありません。

 

そうすると、音楽が芸術だとしても大衆娯楽だとしても、「上手さ」は、その質を判断する要素の1つにはなりえても、絶対的な条件ではないように思えます。

 

それなのに、誰かがただ好きで歌ったり演奏したりしているのを聴いて、それを上手くないと判断したとき、まるでひどい雑音でも聴こえてきたかのように「音痴」だの「下手くそ」だのと口にする人がいたりします。

 

そういうことを言う人は、よっぽど美しいものに囲まれて、美味しいものばかり食べて、良い香り、心地の良い肌触りの物に囲まれてないといられないんでしょうね。そして、そうでない人を受け入れられないんでしょう。だとすれば、電車に乗っても、街を歩いても、そこで見るたくさんの人や景色に嫌悪感しかないでしょうね。

 

でもね、もしもですよ、もしもあなたが、趣味で楽しんでいる誰かの歌や演奏を「音痴」だの「下手くそ」だの言ったとして、そんなあなたの容姿は、たいして美しくもないし、なんならブサイクだし、良い香りもしないし、なんなら臭いですよ。

 

 

「美男美女以外死刑!

スタイルが悪い人は逮捕!

美味しい料理作れなかったら終身刑!

絵が下手だったらリンチ!

体臭がせっけんの香りじゃないと村八分!

……そして音痴だと、演奏が下手だと、白い目で見られる。」

 

もし、そんな世の中だったら、私なんてすーーぐ死刑ですね。

そんなのイヤすぎます。

 

 

音楽は上手い人だけのものではないです。

下手でもやって良いんです。

その人なりに楽しんでやれば、それが一番です。

 

 

P.S.

まさか誤解する人はいないと思いますが……

上手くなろうと向上心を持つことはとても素敵で素晴らしいことです。

少しでも上手くなれば、それはその分、楽しみが増すことにはなると思います。