知っているようで知らないコードについて①

ポピュラーミュージックを演奏するにあたって、クラシック音楽とは勝手が違うということが少なからずあると思いますが、そんな中でも頻繁にとりざたされる要素。

 

それは

 

コード

 

です。

 

 

ものすごく難しい曲でも楽譜があれば即座に演奏できてしまうようなクラシックの演奏家でも、「コードは苦手」という方は少なくありません。

 

学校の音楽の授業以外に音楽に触れていない方にとって、音楽、とくに楽器を演奏するとなると「楽譜を見ながら、そこに書かれている通りに演奏する」ということ(方法)以外に、どんなやり方があるのか。

コードというワードは聞いたことがあっても、それが何なのか、それをどのように演奏するのか、分からない・イメージできないということは多いのではないでしょうか。

 

今回は、そんなコードについて。

 

 

まず、コードとは何か、コード奏法とはどんなものかをお話しする前に、ポピュラーミュージックの成り立ちを考えて見ましょう。

 

 

クラシック音楽の演奏は、一にも二にも作曲家の意図する音を「再現」することを目的にしています。

そのために作曲家は、できるだけ詳細に楽譜に情報を書き込みます。

指揮者や演奏者は楽譜に忠実に演奏することはもとより、楽譜に書き切れていない作曲家の意図をも汲み取ろうと努め、それを完璧な技術で実際の音にしようと努めます。

 

 

それに対し、ポピュラーミュージックは「聴く人」に重きが置かれています。

もちろん作曲家のパーソナルな思いはあれど、独りよがりな作風をあまり良しとせず、多くの場合は

「どんな人に聴いて欲しいか」

「どんな風に(いつ・どんな場所で)聴いて欲しいか」

「(聴いて)どんなように感じて(思って)欲しいか」

などといったことを念頭に置いて作られます。

歌うこと、演奏することも基本的には同じ。

 

そして、ポピュラーミュージックを作り、歌い、演奏し、さらには売り込もうとする人たちというのは、程度こそ違えどポピュラリティーを求めます。

ポピュラリティーは辞書を引くと、人気・人望・流行・大衆性、とあります。

まあ簡単にいうと、たくさんの人に聴いてもらいたいんですね。

さらには買ってもらいたい。(今だとダウンロードですか。)

街中で口ずさんでもらいたい。

 

そうなると、音楽があまりに複雑だと多くの人に届かないんですね。

あと、長くてもダメ。

重たくてもダメ。

 

100人編成の大オーケストラで、緻密でガチガチに編み込まれたアンサンブル、それを時間も時間も……

好きな人は好きですよ。もちろんそういう人もいます。

でも、ポピュラリティーを求めた場合は、これは得策ではないです。

もっとシンプルで、短くて、軽くないと。

 

 

直接は本稿とは関係ありませんが、ポピュラリティーという観点で言えば、やっぱりインスト(器楽曲)より歌物の方が良いでしょう。

楽器の音というのは、親しみやすさという点では人の声にはなかなか敵いません。

そして歌詞があることで、メッセージをキャッチしたり情景をイメージしたりしやすいのも大きなポイントです。

軽さを求めると、当然メインヴォーカルは1人(もしくは少数)です。

 

 

さて、このメインヴォーカルが歌うメロディを「主旋律」といいます。

 

ちょっと乱暴な言い方ですが、ポピュラーミュージックではこの主旋律以外のパートを全部「伴奏」と捉えます。

 

「主旋律」と「伴奏」

「リード」と「バッキング」

 

 

そしてここがポイントです。

ポピュラーミュージックにおいて、主旋律と伴奏はもちろん無関係ではありませんが、主旋律の動きに対して伴奏が逐一厳格で限定的な動き(絡み方)を必要としているわけではありません。

 

 

例えば1小節の中で、主旋律はいくつかの音を上がったり下がったり推移していきますが、伴奏はその間まったく変わらずにいる、ということがままあります。

その方が、主旋律と伴奏の聴こえ方に距離(差)が生まれて都合がいいのです。主旋律を際立たせるために。

伴奏はその1小節の間、主旋律の動きに合った「場の雰囲気」を作ることに徹します。

この「場の雰囲気」を作っている大きな要素が「コード」なのです。

 

 

つづく