見ちゃダメ

 

ひきつづき110分のヴィオラ練習をしていますが、先日の「楽器は持たない」につづき、あらためて大切だと思うことがまたありましたので、シェアしたいと思います。

 

それは……

 

 

「見ない」ということです。

 

ようは視覚に頼った演奏をしないということです。

具体的には、ギターの指板や、ピアノの鍵盤などを見て演奏しないということです。

 

 

なぜか。

 

そうすることで、発音するより先に音をイメージする、そして鳴った音を耳で確認する、というとても大切な行為がすっ飛ばされてしまう恐れがあるからです。

 

たとえばこれが歌だったら、声帯を目で見て確認しながら歌うことはできないので、おのずと、まず歌いたい音の高さをイメージしてから発声することになります。

イメージ運動発音イメージした音と鳴った音とのすり合わせ(確認)

 

という順序です。

実際にはものすごく短い時間の中で行われていますが、順序としてはこうなっていると思います。

誰しも。

(いわゆる音痴だと思われる方は、この「イメージしてから」と「すり合わせ(確認)」のどちらか、もしくは両方が弱いということが原因の1つとして考えられます。)

 

 

ところがこれが楽器となると、とりわけ手先を目で確認できてしまうような楽器となると、

場合によっては、

目で確認運動発音

 

と、これだけになってしまう可能性があるのです。

イメージするところがない。

すり合わせもない。

 

 

ビジョンがない行動っていうのは、その結果がいいか悪いかを判断することすらできません。

ビジョンも結果の判断も必要のない物事もあるでしょうが、楽器演奏においては大事なことです。

 

 

ピアノなんかだと、正確に運動することで正確なメロディーやハーモニーが奏でられている気がします。

表面上は。

でもこれってただの運動ですよね。

よく「あいつのプレイは歌ってるね~」なんて言ったりしますけど、そういう演奏はただの運動からは生まれ得ません。

もっと言えば、ただの運動を続けていっても、音楽や楽器の楽しみが広がっていきません。

 

 

楽器でも、たとえばトロンボーンなんかだとちょっと違うと思うんですよね。

目で見て「ここはこの音」っていうのがすごく分かりにくいですから。

だから歌と同じように、

イメージ運動発音イメージした音と鳴った音とのすり合わせ(確認)

が自然と行われます。

 

 

ヴィオラは微妙で、手先を見ようとと思えば見れちゃうんですね。

でもギターのようにフレットがあるわけでもないし、本当は見ても大して意味がない。

 

でもついつい見ちゃう。

 

ってのが今の自分です。

つどつどそんな自分にハッとして、視覚に頼らずちゃんとイメージしてよく聴きながら弾くと、ずいぶん音程もマシになります。

 

 

とはいえ

楽器を始めたばっかりの方にこれを絶対だとして強要するワケではありませんよ。

最初っからそれじゃムチャクチャ大変だから、もちろん見ながらでOKです。

でも、「なるべく見ないようにしていこう」っていう意識はあった方が、上達も早くなるし、良いと思います。